偶然を呼び起こすのも実力のうち
謎の魔物の介入によって、戦場は異質な形に変容していた。
はじめにサラマンダーの群れが進軍してきていた縦のラインで、騎士団は戦線を押し上げていたのに。横に広がってしまったサラマンダーに対処すべく、後方で控えていた部隊が左右に展開したため、への字に戦線が歪んでしまっている。なおも、サラマンダーは逃げるものもいれば、突っ込んでくるものもいる。
戦いに没頭して、周りが見えなくなっているうちに、突破でもされたら最悪の事態になる。
しかし、幸いというべきか、北へずっと続く魔物の行列は、ようやく終わりが見えいていた。つまり、今見えている魔物を殲滅できれば、危機をやり過ごすことが出来るということだ。それでもその数はまだまだ膨大な数がいる訳だが、夜まで今の状態が持つとも思えない。だとしたら、戦線を押し返せている今が、ケリをつける好機なのかもしれない。
「ロウお嬢様!ご無事ですか?」
幾人かの竜騎兵が、ボスの周囲に集まってきた。こっちも編隊を滅茶苦茶にされてしまったから、もう一度戦力を整えなければならない。あの魔物は、もうどこかに行ってしまったようだから、翼竜たちが成業できなくなることはないだろう。
「私は大丈夫です。編隊をもう一度組みなおします。光魔法で編成を指示してください。」
「了解。」
光魔法、王城で守衛にやって見せたような光を放つ魔法で、会話をする技術。要するにモールス信号に見立てたものだ。
「全竜騎兵、北上。後方より、敵、殲滅す!」
私が行ったことを即座に理解し、必要な信号弾を、彼らは天へと向かって放った。眩いオレンジ色の光が、決められた感覚をもって空へ打ち上げられると、続々と竜騎へたちが集まり始めた。その中から私は、ソラン兵長が乗るタイタン級の翼竜を見つけ、ボスを彼の元へ寄せていく。
「ソラン兵長。左翼の指揮をお願いします。右翼は私が。後方の魔物の群れを左右から殲滅します。」
「かしこまりました。」
事前に決められている編成になり、集まった翼竜がきれいに二手に分かれていく。竜騎兵たちが、それぞれ得意とする魔法を構えながら、群れの後方から襲い掛かった。無数の爆発、無数に飛ぶ血しぶきを上げながら、サラマンダーの骸が出来上がっていく。
魔物の血がローブや礼服に付着していくたびに、吐き気を催すほどの血の匂いが、鼻を突いてきた。魔物の種類によっては、人間にとって毒となる血を持つものもいる。魔物に関しての情報は、前世の動物図鑑のようにあからさまになっているわけじゃない。このサラマンダーの血が、毒であるか否かは、時が経たないとわからない。こいつらを全部倒した後は、負傷した騎士や、毒素の中和が必要かどうかの判断をしないと。
そこまで考えて、今は後先考えている時ではないと、自分自身に言い聞かせた。私も、少し落ち着きを取り戻したのかもしれない。あの、謎の魔物とのことで、一息入れられたからか。
「報告します!州都エレオノールにアダマンテ領の騎士団先遣隊1万が、到着いたしました。」
「えっ?それは、本当ですか?」
報告に来た竜騎兵は、私の返答に確かにうなずいた。
先遣隊、ということは、ルクスを使って父が真っ先に出陣させてくれたのかも知れない。ルクスは、距離の言葉にもなっているが、元々は魔物のことを指している。細かい部分は少し違うけれど、少し禍々しくなった大きめの馬がルクスだ。それが1時間に駆ける距離を基準にしているから、単位になっている。
1万もの増援は、想像すらしていなかったけど、神に、いや、父に感謝しなければならないだろう。
増援がいるのであれば、余力を残す必要もない。
「総員に告ぎます!地上へ降りて、サラマンダーを殲滅しなさい。夜が来る前に、この戦場を終わらせます!」
偶然なのか、私の見立てが甘かったのか。こうも好転するとは。いや、まだ好転するとは決まっていない。1万の先遣隊が来たとはいえ、サラマンダーの数は想定よりも多い。何より戦線を維持し続けている北部州の騎士たちの体力は、限界だろう。
私たち竜騎兵も、後ろから戦力を削りきれるほどの爆発力はない。それでもここで踏ん張れば、初戦は勝利を得たも同然。
ボスを開けた所へ降下させ、私に構わずサラマンダーを屠るように命令を出した。私はというと、ボスの背中から飛び降りて、左手の指輪、5つ全てにそれぞれ魔力を込める。
「古き神々の残滓を以て、我が敵を討つ剣よ来たれ。」
水、風、雷、光、闇の魔法をそれぞれ同時に展開し、それぞれ属性にあった剣が、私の背後に形成される。私はそのうちの一本である、水属性の氷の剣を手に取った。冷気を纏う魔法の剣が、鱗で切られた傷口にしみるが、サラマンダーの物理攻撃を防ぐには十分だ。残りの4属性の魔法の剣は、向かってくるサラマンダーへと、次々に射出していく。白兵戦は得意ではないけど、竜騎兵もそばにいる。とにかく今は、持てる力全てを使って、魔物の群れを倒しきるのだ。