正体不明の魔物
激しい剣戟の音。サラマンダーの金切り声。
あの高度から落ちて生きているということに驚いているが、地上に落ちたのなら、それらの音が聞こえてくるはずだけど、耳に聞こえるのは風が吹きすさぶ音だけだった。
目を開けると、雲が入り混じった青空だけが広がっていた。そして、なんだか体がずり落ちているような感覚が・・・。
「!?落ち・・・。」
はっと体を起こすと、猛烈な風が体を攫っていった。とっさに手を伸ばして、そばにあった突起物に手をかけると、また鱗が手のひらに食い込んで出血してしまった。だが、状況が分かったので、とりあえずごつごつとした甲殻に身を伏せることにした。どうやらまた、あの魔物の背中にいるようだけど、私は確かに、急激な気圧差で意識を失ってしまったはずだ。
「・・・あなた、助けてくれたの?」
私を乗せて飛ぶ魔物は、さっきとは違って正気を取り戻しているようだ。さっきみたいに、飛び方にムラがない。相変わらず声は聞こえてこないけど、落ち着いているようだった。
その姿をまじまじと見て、やはり、翼竜とは違う生き物のように思えた。固く鋭い鱗は、触れるだけで柔肌を切り裂いてしまう。飛び方も、翼竜のものと違って、体をバタフライのようにくねらせることもしない。まるで空中を駆けているかのような飛び方だ。
竜使いで干渉できず、翼竜も恐れおののく魔物。はじめはタイタンネストかと思ったけど、落ちる私を助けてくれた。助けてくれた、という認識で間違っていないと思う。落ちる人間をわざわざ背中に乗せよるとする、物好きな魔物なんているはずもない。
逆に、それをしようとする知性と、思考力がある魔物といえるだろう。仮に、人間を助けたいと思う魔物がいたとしても、どうすればいいか考える能がなければ、助けるという行為は成立しえない。
「あなた何者?どうして、私を助けたの?」
人の言葉をかけても、そして竜使いを通しても、彼の声は聞こえない。意図的に声を発さないようにしているのか。代わりに、彼は長い首を少し曲げて、視線だけをこちらに向けてきた。
やっぱり、こっちを明確に認識している。こんな魔物は初めてだ。
――― ニンゲン コッチ ノル オマエ コワイ ―――
ボスの声だった。振り向くと、ボスが追いかけてきていた。
この魔物の正体は気になるけど、今はサラマンダーをどうにかしないと。
「助けてくれてありがとう。もし、私の声が届いているなら、私たちの邪魔をしないでほしいの。・・・魔物のあなたに、言っても仕方のないことだけど。」
彼の背中にへばりつきながら、愛用の刺剣がどこにもないことに気づいた。どこかで抜け落ちてしまったのだろう。悔やんでいる暇はないから、ボスを呼んで、そのまま鱗から手を離した。空中に投げだされた体を風に任せ、飛んでくるボスの背中にどうにか着地することが出来た。
――― アンシン コワイ ナイ ―――
「ありがとう。助かったわ。」
なんとかボスについてる手綱を捕まえ、鐙にも足を掛けることが出来た。地上を見ると、一騒動あって戦況が大きく変わっているようだが、何とか騎士団は戦線を押し留めているようだ。
――― イクノカ? ―――
唐突に声が聞こえた。ボスの者よりも、鮮明な声が。降下しようとしていたボスに待ったをかけ、空中でホバリングしている魔物に振り返った。
やっぱり私を見ていた。だがそれ以上の声をかけてくることはなかった。
「・・・?行きましょう。」
ボスを降下させ、散り散りになっているサラマンダー向けて、再び襲撃を再開した。