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ロードオブハイネス  作者: 宮野 徹
第一章 魔物の大侵攻
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開戦

緊急事態は、唐突に起こるから緊急事態と言われる。


昨日、ソラン兵長に頼んで偵察へやった人たちの報告で、2万の程の魔物が、群れから離れてまっすぐ南下していることがわかった。移動している種族は、主にサラマンダー種。見た目は、大きなトカゲのような姿をしていて、鱗に覆われている魔物だ。ただ、移動速度はかなり早く、今日中には防衛線に到達するだろうと思われた。


偵察の報告を受けてからは、拠点もエレオノールも慌ただしくなってきた。騎士はみんな完全武装に身を包み、拠点周辺へ続々と集まってくる。


「ロウお嬢様!」


私が指揮所で待機していると、ユース侯爵がいかつい鎧を身に着けた状態でやってきた。


「報告は聞いていますね?ユース侯爵。あと数時間もすれば、2万のサラマンダーが突撃してくると思われます。」

「はっ。北部州が有する騎士を以て、これを殲滅いたします。」

「工作部隊の準備は、どのくらい・・・。」

「はぁ、それが、エレオノールに物資は集まって入るのですが、地雷を仕掛ける専属の魔導士たちが到着しておらず、罠を仕掛ける暇はないでしょう。」


工作部隊というのは、主に魔法兵器を駆使して戦う、特殊部隊のことだ。魔晶石から魔力を抽出して、放つ大砲や、術士が任意のタイミングで爆破できる地雷など、この世界における近代兵器を取り扱う部隊だ。火力が抜群で、十分な戦火を発揮できるのだが、専門の平気ゆえに扱いが難しく、魔法に精通したものでないと、無暗に触るのも危険な武器だ。


「一部の騎士たちには、砲の訓練をさせています。魔晶砲の使用は可能です。」

「・・・わかりました。安全第一を考えての、使用をお願いします。」

「はい。」




偵察兵の報告から、すでに1時間が経過し、騎士たちのほとんどは、拠点の外へ陣を敷いている最中だった。指揮所に一人の騎士が慌ただしく入ってきたかと思うと、兜を外して引きつった顔で報告してきた。


「伝令、北へ約50ルクスの距離に、魔物の群れの先団を確認しました!」

「・・・了解した。全騎士へ通達。戦闘用意。2万の魔物が相手なら、我々の敵ではない。」

「しかし、ユース侯爵。北部州の騎士は、まだ集まりきっておりません。」


彼の指摘はもっともなことだが、この世界に車は存在しない。昨日の今日で、全ての戦力が集まりきらないのは、わかりきっていたことだ。それに、2万程度の軍勢なら、最悪、エレオノールの城壁を利用して、あえて立て籠もることも出来るだろう。


今は、尻込みをしている場合じゃないのだ。


「待っている暇はない!たとえ数で優っていようとも、所詮は獣だ。こちらからうって出るぞ!」


大きく開けたところで騎士団をぶつけて平地での野戦にすれば、正面からの戦いに専念できる。乱戦に持ち込めれば、サラマンダーに後れを取ることはないだろう。


「伝令の方。全竜騎兵に伝えてください。飛翔準備。先制攻撃で、サラマンダーの進軍を妨害します。」

「はっ、すぐに。」


伝令兵は、敬礼をして去っていった。


「ユース侯爵、私も出ます。魔晶砲の砲撃と同時に、突撃しますので、こちらの指揮は任せます。」

「お嬢様、・・・ご武運を祈っております。どうかご無事で。」


彼の眼差しは、親が子に向けるものだった。私は確かにまだまだ子供だけど、そんなに心配されるようなか弱い娘じゃない。首を垂れるユース侯爵を一瞥してから、私は指揮所をあとにした。


砦の外では、伝令を聞いた竜騎兵がたちが、自身のパートナーに跨り、その時を待っていた。


「お待ちしておりました、お嬢様。」


ボスのタイタンネストのそばで待っていたのは、ソラン兵長と、その部下の騎士が一人。彼は、いわゆる台座役だ。いつも、私が翼竜に乗るのを手伝ってくれる人で、いつもその背中を踏みつけてしまうのを、申し訳なく思っている。


「一斉砲撃の後、上空からの降下で群れの進軍を足止めします。その後は左右に分かれて、両方向から再度降下。地上の騎士たちがぶつかるまでに、可能な限り数を減らしなさい。」

「お任せください。」


会話は、最小限に。もう、普段のような明るい令嬢を演じることはしない。これから始まるのは、命懸けのやり取りなのだ。貴族社会のような腹を探りながら、ねちねち言葉を積み上げるよりも、よっぽど単純で明快なことをする。


部下の騎士の手と背を借りて、私はボスの翼竜の背に跨った。すでにボスも、これから起こることがわかっているのか。体をわずかに振るわせて、気を高ぶらせているようだった。


飛んでいる最中、ローブが飛ばないように、身なりをしっかり整えて、腰に差していた刺剣を抜刀する。ソラン兵長とその部下も、残り二頭のタイタンネストに跨っていた。


翼竜たちから、雄たけびが聞こえてくる。静寂(クワイエット)の魔法で、音を遮断していても聞こえるほどの声が、私の頭の中へ響いている。


――― アイツラ クウ コロス コロス ―――


そんな中でもボスの声は、酷く冷静で、それでいながらふつふつと野生の本能を解き放っていた。


後ろを振り返り、ソラン兵長を確認して、彼と無言の頷きを交わす。それと同時に私は、竜使い(ドラグーン)の力を開放し、その力を刺剣へと纏わせる。


「古よりの友の名において命ず。汝が背に託す瞳を信じよ。汝の望む強欲に身を委ねよ。」


詠唱と共に、翼竜たちは、足踏みをし始める。その視線は私が持つ刺剣へと集まっている。彼らに乗る竜騎兵が、飛ぼうとする翼竜たちをなだめているが、これ以上お預けを食らうのは、ごめんなのだろう。


私は全解になった力を纏った刺剣を、天へ振りかざし、大きな声で叫んだ。


「飛翔せよ!竜戦隊(ドラグーンネスト)!」


瞬間、300もの翼竜たちが一斉に飛びたち、拠点の上空は、無数の黒い影で覆いつくされていた。


彼らの羽音が、まるで耳元で羽ばたかれているように感じるほど大きな音で聞こえてくる。翼竜の力強い羽ばたきが、ボスを中心に渦巻いている。


北を見やれば、すでに魔物の群れが雪を巻き上げながら、こちらに向かって来ているのが見える。天気はやや曇って入るが、時化られる様な空模様ではない。これだけ見渡しが良ければ、魔物の増援が来ていたとしても、すぐに気づけるだろう。


地上から静電気がはじけるような音が、連続して聞こえ始めた。それは、魔晶石から魔力を抽出している音だ。大砲の準備が整ったのだろう。予定通り、射程に捕え次第の一斉放火の後、攻撃を開始するつもりだ。


だが、その前に私自身も大魔法による攻撃を行おうと思っていたところだ。もう一度刺剣を振りかざし、その剣先に魔力を集中させた。


「遥か彼方、白の神と謳われた太陽を司る御身の権能を、我が身にお譲りください。」


詠唱と同時に、剣の先から小さな火の玉が形成された。人の頭ほどの小さなものだが、火の玉は周囲に火の粉をまき散らしながら、徐々に膨張していく。


「ただ一度の、御身の怒りを体現せし、大地を焼き払う光をここに!」


やがて火の玉は、凝視できないほどの光を放ちながら、まるで小さな太陽のような、劫火を纏った火球となった。私の周囲の熱が上がり始め、まるで暴風に包まれているかのような激しい風が吹き荒れる。その風を受けて、火球はさらに力を強めていく。


それとは別で、地上から眩い光が放たれた。そして私も、この巨大な炎の塊を、眼前の魔物の軍勢へと放り投げた。


滅びの真炎(デイ・ブレイク)!!」


その名を口にすると、一瞬世界は光に包まれ、音さえも置き去りにして、火球は群れの先団に落ちた。支えを失った炎塊が地上ではじけ、まるで天から槍が降ってきたかの如くの轟音をまき散らしながら、大爆発を起こした。


その熱風は、空を飛ぶ私たちの元へも届いていた。本来であれば、私自身も巻き込みかねない、禁忌の魔法だ。しかし、それをもってしても、2万もの軍勢を一度に屠ることはできはしないのだ。


爆発の煙から、なおも向かってくる影が続々と現れた。動かなくなった無数の死体を踏み越えて。


少し遅れて、魔晶砲弾の雨が襲い掛かった。砲弾は小爆発を起こして着弾し、大地をさらに抉っていったが、それでもなお、奴らの進撃は止まらない。爆発の土煙の向こうには、まだ無数の魔物の姿が見て取れるのだから。


騎士団と、最先団の距離はもうすぐそこまで来ていた。


「帝国騎士団!前進!」


無数の雄たけびが、地上から聞こえてくる。


「食い破れ!竜戦隊(ドラグーンネスト)!」


竜使い(ドラグーン)を通して、翼竜たちにも進撃を命じた。二頭のタイタンネストを筆頭にして、300もの翼竜たちが一斉にサラマンダーに飛び掛かっていく。


あるものは両足で掴まれた挙句、体を引きちぎられ、あるものは翼竜の餌となり、あるものは、乗っていた竜騎兵の魔法や剣によって、着々とその数を減らしていった。しかし、向こうも何の抵抗もしてこないわけじゃない。降下に合わせて翼竜に飛び掛かるサラマンダーもいて、そのまま背中で竜騎兵と戦いになるものもいた。血の匂いが私の鼻に届くのもそう時間はかからなかった。


「くっ・・・お行き!」


刺剣を構え、ボスに突撃を命ずる。ボスは足の爪で数頭を引き裂き、私は魔法で飛び掛かってくる奴らを跳ね除ける。返り血が、戦塵にまぎれてローブにかかっても、それを気にする余裕はもう、私にはなかった。狂気と殺意というものは、案外簡単に引き出せるものだ。それが、戦争というものなのだ。


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