帝国騎士の誓い
アダマンテ領、北部州。
ユース侯爵が本拠にしている州都、エレオノール。そこにはすでに多くの騎士たちが集い、戦争の準備が着々と進められていた。魔法によって起動する大砲、火薬を仕込んだ地雷などが、アダマンテ領の各地からかき集められているのだ。
エレオノールに住む帝国臣民は、その多くが騎士の家系で、常に戦と隣り合わせの生活を送っているため、戦時であっても他の街へ避難したりはしない。彼らこそが、帝国の真のフロントラインなのだ。
私が降り立ったのは、エレオノールから北に少し向かった、防衛線が敷かれている騎士団の砦だ。そこには、アダマンテ領城で管理されている300もの翼竜が、砦を囲うように待機していた。
彼らはすぐに、翼竜に乗った私に気づき、その視線をこちらに向けてきた。竜使いによって、彼らは私の意のままに動く。いつだって主人である私を認識しているのだ。
翼竜たちが、一頭、また一頭と私に向けて吠え始める。それと同時に無数の声が、私の頭の中へと飛び込んでくる。これだけの数に一斉に声をかけられては、かの聖徳太子も苦労したことだろう。
「静寂。」
私がそう唱えると、彼らの声のボリュームが小さくなった。この場で全員に黙るように命じることも出来るのだが、今はまだ自由にさせてやりたいので、私の方で対処しただけだ。
私は、騒々しい彼らをおいて、白亜の翼竜を砦の中へ着地させた。すでにユース侯爵直属の騎士団が待機していて、降り立ってすぐに翼竜に手綱を持ってくれた。
「お待ちしておりました。公爵令嬢閣下。」
「ご苦労様です。皆さん。準備は滞りないですか?」
「ええ。ユース侯爵様より、だいぶ前から戦の準備が行われていたので、万全と言えるでしょう。」
「それは大変でしたね。こんな極寒の地で、長きに渡る任務。体は大丈夫ですか?」
「はっはっは。慣れ親しんだ土地です。故郷で務めを果たしているのですから、全然苦にはなりませんよ。ささ、外は冷えますので、中へどうぞ。」
拠点の指揮所へ通された。指揮所はレンガ造りで、中で火を焚いているおかげか、外とは比べ物にならないくらい温かかった。そこには、畳4畳くらいの大きさの巨大なジオラマがあり、ところどころに凸の字型の模型がおかれている。これは、現在の帝国勢力と魔物の分布図を現している。青色の模型は、帝国軍、赤色の模型は魔物といったように、北部州の騎士団が少しづつ作り上げた傑作だ。世界を俯瞰的に見ることが出来るだけで、どのように進軍し、また退路はどのように確保するかを明確に兵隊に認知させることが出来るのだ。
これを見れば北部州の騎士たちの有能さが一目でわかる。長年、エルレイン山脈からの魔物を退けてきたのは伊達ではないのだろう。
「これは・・・すごいですね。この辺りに地形をこうも正確に。」
「アダマンテ家の竜使いのお力もあってのことです。地上からだけでは、ここまで正確なものは、地図であっても作るのは難しいですから。」
おそらく翼竜に測量士を乗せて計測をしたのだろう。人と翼竜の共存は、私が思っていた以上に、帝国へ貢献できているようだった。
生まれて初めて、この力を知ったときは、戦う以外に何の役に立つだろうと、結構考えてしまったものだ。空を飛ぶだけなら、気球という手もあるし、結局魔法は、暴力の域を出ないものと思っていた。だが、こうして自分の力が、何かの役に立っているというのは、誇らしく思う。
「それで、閣下。帝国騎士はいかほど。どれくらい援軍が来られるのでしょう?」
その言葉は、とても怯えているように感じられた。彼らは所詮、州に仕える騎士たちだ。領土で騎士としての格を語るつもりはないが、守るものの大きさで言えば、アダマンテ領の騎士や王領騎士団の方が、達観している者たちと言える。ここの騎士たちは、自分たちの故郷を守るために、毎日寒い中見張りをこなし、必要があれば剣を取って戦う地元の人間だ。
そんな彼らが、帝国の存亡にかかわるほどの大きな戦いに対して、恐怖や不安を覚えるのは当然だ。この拠点と、背後に控えるエレオノールは、帝国北部戦線の最終防衛ラインなのだから。エレオノールが陥落してしまえば、魔物の群れは、無作為に帝国全土へ向けて散らばっていく。それくらい重要な場所なのだ。
私に、付き従っていろいろと案内をしてくれている彼は、気丈にふるまっているようにも見えるが、その奥底にある懸念は隠しきれていない。見た目からしても、それほど人生を歩んでいるようには見えないから、余計だろう。
「安心してください。我が父、バロックス侯爵は、アダマンテ領の全ての州公に働きかけ、全帝国騎士を招集しました。それに、時間はかかりますが、国王陛下直々に出陣し、王領騎士団と共に、ここへ向かっております。」
父と、ジエトの名前を出しただけで、そばで控えている騎士たちの口から、自然と安堵の息が吐かれた。きっと、日々膨大に増えていく魔物の群れを見て、毎日気が休まらなかったのだと思う。
「魔物の群れは間違いなく、帝国を狙っているでしょう。アダマンテ領の帝国騎士の集結には、まだまだ時間がかかります。魔物の群れが、今すぐ動き出すということもないでしょうが、今は、ここにいる私たちが、帝国を守らねばなりません。」
ユース侯爵が保有している騎士団の数は、規定通りであれば5000人くらいはいるはず。そこへ、アダマンテ領城から駆け付けた竜騎兵300。数で言えば、絶望的とも取れる戦力差だが、少なくとも私は、それでも十分に戦えると思っている。だが、頭ではわかっていても、現場で直接戦う者たちの不安を取り除くことはできない。
「・・・汝の剣は誰が為に。この言葉の意味を、皆さんは覚えていますか?帝国騎士となった、その日に与えれらた使命を、今一度思い返してみてください。」
騎士たちは、お互いを見あったり、手持ち無沙汰で自分の剣を触ったりして、それでもしっかりと私の言葉に耳を傾けてくれていた。
「恐れを抱くのも当然。命を懸けることも、最初からわかっていたはずです。私は戦うことを強要したりはしません。敵前逃亡を、処断することもしないでしょう。ですが、私はたとえ一人になろうとも、ここにいる全員が逃げ出したとしても戦います。なぜなら、それが・・・・。」
我ながらくさい演説をかましているとは思う。けど本心を言っている。例え一人になろうとも戦わなければならない理由がある。そして、それは彼らの中にあるはずなんだ。それが帝国騎士というものだから。私は、騎士じゃないけどね。
「その答えを、みなさんは知っているはずです。」
「・・・すべては、帝国臣民のために・・・。」
誰かがそうつぶやいた。
「家族のために。」
他の誰かも、そういった。
「兄弟の、ために・・・。」
「ふふ。その気持ちが、あなたたちを騎士にしたのです。私たちの後ろには、守りたいと思った人たちがいるのです。恐れを抱くものを、臆病とは呼びません。それは皆さんが、敵がどれくらい脅威であるかを理解しているからです。恐れを抱く自分を責めないでください。それは弱さの証明ではなく、あなた方自身が強くあろうとする証です。」
ようやく騎士たちの目の色が変わり始めた。うまく丸め込めたとい言えばそうなんだけど、それで、人が前を向けるなら必要な芝居だったってことになるでしょう?これでいいのだ。