一休み
アダマンテ領に戻れたのは、すでに日が昇り始めている頃だった。
さすがに、夜通し空を飛び続けていると、眠気を抑えるのも難しくなってくる。休んでいる暇はないのだが、ひとりの人間として、休まないわけにはいかない。アダマンテの領城には、父の姿はなかった。昨晩の内に、北部州へ向かったのだろう。従士長ハイゼンが、今は城内の事務の管轄をしていた。
「お帰りなさいませ、ロウお嬢様。そちらの首尾は、いかがでしたか?」
「ジエト陛下に謁見が出来たの。王領騎士団が援軍として駆けつけてくれるわ。陛下直々に出陣するみたいだから、戦力としては申し分ないと思う。」
「そうですか。それならば、あとは敵の本命を探るだけですな。」
「そうね。タイタンネストが確認された以上、楽に勝たせてもらえるとは思えないけど。やれるだけのことはやったんだから、あとは天命を待つだけね。」
アダマンテ領の8万の騎士団と、王領騎士団15万が合わされば、200万の魔物と、タイタンネストを相手にするには、十分な戦力と言えるはずだ。もっとも、王領騎士団がどれくらいでアダマンテ領の最北端までたどり着けるかが、勝敗の鍵を握っていることには変わりない。15万もの人間を動かすには、帝国王族の力だけでは足りない。帝国の経済を仕切っている大商人や、食の番人である大穀倉地帯を有する帝国南部、ミスリアル領の助けがなければならない。相手が人間ではないから、戦がそう長引くことはないけど、それでも15万を超える人々の数日分の食料をおいそれと出せるほど、帝国も資源が豊富なわけじゃない。それ輸送する手段だって、ただで行える訳じゃないのだ。
考えるべきことは山ほどあるけど、とりあえず私はやるべきことをやったのだから、今は少しでも仮眠を取るべきだ。
「ハイゼン、悪いんだけど、別邸の方で少し休ませてもらうね。従士に、翼竜の世話を任せてもいい?」
「ええ、お任せください。ごゆっくりお休みください。あ、寝坊はしないでくださいね。」
「しないってば。」
こんな時に、そんな心配してくれなくていいのに。この人も私のことを子ども扱いして。子供であることには間違いないし、実際寝坊しまくってるから仕方がないけどさ。もっとこう、別の心配をしてほしいよね。
別邸は、すでにほとんどメイドたちがいなくなっていた。彼女たちは、おそらく北部州へ向かった父たちの世話をするため、同行したのだろう。最低限の人員を残した別邸は、物静かで一休みを入れるにはちょうどよかった。
戦礼装から着替えもせず、私室の寝台に体を鎮めると、すぐに眠気が襲ってきた。部屋の時計を確認すると、7時半を回っている。仮眠を取るとしても、3時間くらいか。たった3時間という、そんな器用な寝方ができる人間とは思っていないが、なるようになるだろう。私はそのまま深い眠りに付いた。
誰かが気を使ってくれたのか、11時ころに別邸の掃除婦が起こしに来てくれた。まだまだ寝足りない気分だが、軽い軽食を済ませた後、冬用のローブを引っ張り出して、上からそれを羽織った。最後に一通り装備を確認してから、領城で同じく一休みしている翼竜の元へ向かった。
――― イナイ ドコニモ ドコ? ―――
他の仲間たちが一頭残らず、厩舎からいなくなっているので、どうやら寂しい思いをしていたようだ。顔を合わせた途端、そんな声が聞こえてきた。
「大丈夫よ、これからみんなのところに行くからね。」
翼竜の額を撫でてやると、喉の奥から甘えたような鳴き声を発してきた。小型の翼竜は、人間の幼子のように好奇心旺盛で、そして臆病な性格なものが多い。人間に比べたら、体も力も圧倒的な存在であることには間違いないけど、生物として、それほど強くはないと自覚しているのだ。
「ロウお嬢様。」
見送りに来てくれたハイゼンが、一枚の丸まった書状を持ってきた。
「先ほど、お嬢様が話した情報をこちらにまとめてあります。それと、最悪の場合の、領城の指揮権を私めにお預けください。」
「ええ、ハイゼン、あなたに任せるわ。あとはよろしくね。」
症状を受け取り、再び翼竜に天へと上るよう指示した。
「さーて、今度は北よ。もう少しだけ頑張って。」
言葉を理解しているのか、あるいは頼られたことに喜びを感じているのか、翼竜は意気揚々と翼をはためかせた。今度は日の光を背に受けながら、戦場となる北部州への空の旅が始まったのだ。