Act.5 告白
「ねえ、あんたたち本当に付き合ってんの?」
突然掛けられた声に、机にうつ伏せていた顔を上げたら結城の友達の中村がいた。せっかくもう少しで眠れそうだったのに、と不機嫌な顔を見せた俺に中村はびしっと人差し指突き立てて言った。
「あんたねぇ、自分から美香に付き合おうって言っときながら帰りも別々だし、デートもしてないらしいじゃん。それどころか携帯番号も交換してないとか、…それって付き合ってるっていうの?」
何故かわからないが、中村は怒っているようだ。いや、何故かわからないなんてことはないんだけど。確かに中村の言うように、付き合うことになってから1ヶ月、俺たちは一緒に遊んだりもしていないし、特に今までと変わったようなことはなにもしてない。結城は何も言ってこないから別にそれでもいいんだと思ってたけど、違ったのだろうか?中村の後ろにいる結城はなんとなく申し訳なさそうな表情で立っている。
「あー…、わりかったな」
「ちょっと、それだけ?美香、こんなやつだよ、別れちゃえばいいのに」
中村が結城を振り返って声を荒げる。なんともヒステリックな声にあからさまに嫌な顔をすると睨まれた。女って、怖い…。
「大地、ごめんね、なんかこんなんじゃ悪いし、やめようね。元々何もなかったんだし別れるも何も無いけど、さ。一応、ね?」
「ん?…ああ、わかった。悪いな…」
目を合わせずに言いながら席を立つ。教室中の奴らがこっちを見ていたのがどうにも居辛い。教室を出て屋上へ向おうと廊下を歩き出した所でクラスの連中が騒ぎ出す。俺のしったこっちゃないが、人のことを面白おかしく噂にするのはやめてもらいたいなぁ、なんて考えながらゆっくり歩いていた。
「おい、授業さぼるのか?」
心臓が飛び出るかと思った。後ろから掛けられた声は、光司のものだった。階段を上る手前で掛けられた声に、振り返って苦笑を漏らす。
「ああ、居辛いじゃん?なんか俺、悪者だし」
「そうだな。適当に付き合うから、そうなる」
複雑な気分だ。冷静な、むしろ冷たいとも取れる表情で光司は淡々と言った。目を合わせようともしない。嫌になる。何のために、誰のためにこうなったんだと胸の中で黒いものが蠢いている。俺じゃないみたいだ。
「誰のために、こんなことになったと思ってんだよ…」
小さく呟いた、聞こえないように、聞こえないはずのその声は誰もいない廊下で思ったよりも響いてしまった。
…しまった
そう思った時には遅かった。光司が怪訝そうな顔でこっちを見ている。俺を、見ている。
逃げなきゃ!!
途端にそう思った俺は、屋上への階段をものすごい勢いで駆け上がっていた。ドアに手をかけて一気に開くと屋上へと体を滑り込ませ、ドアを閉める。大きな音がしたがそれは気にしていられない。
急いでいつもの定位置の屋上ドアの屋根に上る。
「…っはぁ、やっちまった。何やってんだ、俺…」
後悔が吐き気になって押し寄せてくる。頭の中がぐるぐる回る。気持ち悪い。目が回る。仰向けに倒れこんでごろりと横向きになると、いくらか吐き気はましになる。冬の冷たい風が心地いい。しばらくここにいよう、そう思った時だった。屋上のドアが開いた。予想はしていたが、まさか追ってきたんだろうか?俺を?光司が?
しばらく黙っていると、足音が聞こえて俺の視界に見慣れた顔が現れた。
「何やってんだ。風邪、引くぞ?」
何事もなかったかのように、以前と同じように少し困ったような優しい笑みを向けてくる。何故か泣きそうになった俺は、ふいっと背を向けて反対側に寝転んだ。
「なぁ、さっきの…あれ、どういう意味だ?」
少しの間のあと、光司が俺の脇に座って聞いてきた。俺は思わずびくっとしてしまった。光司がどんな顔でそれを聞いているのかわからない。恐かった。友達という立場を、失ってしまうのは恐かった。
「なんのこと?」
「おい、ふざけるなよ?俺がどんな思いでここにきたと思ってんだ。大地、こっち向けよ」
肩に手を掛けられてまたびくついた俺。怯えているようだった。寒さで震えているのか、恐怖で震えているのかわからない。歯がカチカチと音を立てた。
「…なんで、んな顔してんだよ」
苦しそうに押し出すように吐き出された言葉に、光司の顔を見上げるとそこには、俺と同じように苦しげに顔を歪めた光司がいた。
「え…?おい、泣くなよ、大地?」
さっきまで我慢していたからだろうか?俺の目からは盛大に涙が溢れ出していた。ぼたぼたと音が聞こえそうなほど大粒のそれは屋上の床を濡らしていくつもの染みを作った。
「お、俺…、光司が好きだ」
掠れた声が、乾いた風に乗って消えた。
もうそれ以上何も言えない。これで終りなんだ。全部終りだ。
悲しかった。苦しかった。でも、楽にもなれた。隠していた想いはこんなにも募って、泣いてしまうほど募って、唇から溢れた。
これでいいんだ。これで光司が俺から離れていけば俺だって諦められる。男同士なんだ、どうにかなることなんかない。気持ち悪いだけだ、こんな感情は、気持ち悪い。自分でもわかっている。だから自分が許せなかった。
光司は何も言わない。涙が止まらない。でも、それを拭うことももうない。思い切り泣いたって、今だけはいいはずだ。起き上がって、泣きながら光司に笑ってみせる。
「悪い、気持ち悪いだろ?だから、もういいよ。友達、やめよう」
「バカ言うな!!」
光司が叫んだ。握った拳が震えている。叫んだせいなのか、肩で息をして顔が少し赤い。驚いた俺の涙は止まった。思わず呆然と光司を見つめてしまう。
「あ…、ごめん。つい…」
自分にびっくりしたのか、光司は拳を解いて落ち着こうと深呼吸を繰り返した。その間ただただ呆然と見つめる俺に光司は照れたような顔を向けてばつが悪そうに呟いた。
「そうだな、友達は、もうお終いだ。もう戻れるわけない」
やっぱり、と思った。乾いた笑みが零れる。これでいいんだ、うん。
「そりゃ、そうだよな。嫌われたって仕方な…」
「違う!!そうじゃない。…いい方に取れよ、大地」
言葉を遮られ目を見開いた俺を諭す様に光司が抱き締めた。
何が起こったのかわからない。目の前が真っ白だ。
「こ、光司?え?…何?」
「…っから、俺も…、俺も、お前が好きだって言ってんだよ。だから、友達じゃいられない!」