Act.2 淡い恋心
「そうだよ、あのあとすぐ、クラス対抗の球技大会があって、それから仲良くなったんだよなぁ…」
机に肘をついて、掌に顎をのせて、ぼんやりと斜め右前の席を見つめていたら、思わず声が出てしまった。
慌てて教室内を見回したけど、今は体育。サボリの俺以外は誰もいない。
「もう12月か…」
「大地拓海!」
呟いて窓の外を見た瞬間、突然名前を呼ばれてガバッと振り返ると、ドアにもたれかかって呆れ顔した光司がいた。
「お前、またサボリかよ。体育だけ単位足りなくなるぜ?」
安堵の息を吐いて机に突っ伏した俺に、近付いてくる足音。俺の机の側で止まるのを聞いて顔をあげると、光司は腕を組んで見下ろしている。
「光司だってサボリじゃん」
「俺は忘れ物取りにきただけ」
言いながら、体育で使う100m走のタイムを書き込む名簿を取ってドアまで歩く。
「さっき生活指導の三沢が回ってたぜ、そこじゃバレる。他行けよ」
光司の言葉に、かったるく手を振ると、光司が走り去る足音を聞いてから立ち上がって伸びをする。
さっきまで思い出していたことを頭の中でもう一度繰り返しながら、寒い屋上に向かう。少し頭を冷やさないと、光司をまともに見られない。
俺の頭は、心は、風邪でもひいたように熱がある。
おかしい。
「光司相手にこんな気持ちになるなんてな」
ガリガリと後頭部を掻いて、重いドアを押すと、寒いけどよく晴れた、風のない屋上の空気に包まれて、気持ちいい。
迷うことなく、ドアからは死角になる壁の後ろに座り込んで、ぼーっと空を見つめる。
青くて遠い空。
校庭からは体育をやってるクラスのやつらの声が聞こえる。
俺の頭は、心は…数日前から風邪っぴき。
微熱と、動悸が…。
本当におかしいんだ。
結局体育が終わっても教室に戻る気になれなくて、最後のチャイムが鳴り終わるのを、遠くに聞きながら、やっと立ち上がると、体中が冷えていた。
これなら、光司に会っても大丈夫か?
パンパンと制服をはたいて、屋上のドアを開けようとした瞬間、屋上に向かってくる足音が聞こえた。多分、3人。
急いで、さっきの死角になっているところに引き返す。
「先生だったらヤバ・・・」
俺が死角に行った所で、重いドアが音を立てて開いた。話し声が聞こえて、女の子が2人・・・それから、光司!
「ね、皆川くん、今日こそ返事聞かせてあげてよね!この子、夏休み前に告白したのに、まだ返事くれないって昨日私に泣きついてきたんだから」
「そうだったっけ?」
突然のことに、俺はびっくりした。思い切って、気づかれないようにそっとのぞいてみるが、女達は俺に背を向けて立っていて誰だかわからない。
光司は、困ったような複雑な、でも少しだけ嬉しそうな顔をしている、ような気がする。
「まぁ、いいんじゃねーの?とりあえずお試しってことでさ、付き合ってみる?」
俺の頭が真っ白になった。
気の強そうな女が、うつむいてた女にやったじゃん!と声を掛けて、喜ぶ。うつむいてた女も顔を上げて嬉しそうにしている・・・んだと思う。
光司は光司で、鼻の頭なんか掻いちゃって、照れくさそうに笑ってる。
正直、この時まで、自覚してなかった。
光司に彼女が出来ることがこんなにショックだと、思ってなかった。
もっと軽い気持ちだった。
だけど、自覚してしまったら、もうだめだ。
誰もいなくなった屋上で、俺はただ1人たたずんだ。
「明日からも、ちゃんと笑えるのか、俺・・・」
倒れてしまいそうだ。