9.テストと死闘
私シャロンは、現在死闘を繰り広げていた。
「問29。リード領はブラックベリーの名産地だけど、去年の収穫量は国全体の何%?」
「ええと……31%です」
「うん、正解。それじゃあ問30。この国で、最も輸出量が多い果物は? また、その品種と特徴も答えよ」
「林檎! ……で、種類は甘みの強いキングフォレストです!」
私が力強く答えると、クラレンス様は無言で目を瞬かせた。
は、はずれ?
緊張している私に、クラレンス様が驚いたような口調で言う。
「……すごいよ、シャロン。今日も全問正解」
「はぁ~~~!」
私は、安堵の溜め息をつきながら脱力した。
「当たってるなら当たってるって、すぐに言ってください! 何ですか、今の間は!」
「ご、ごめん。でも本当にびっくりしたんだ。今までこんな人いなかったから……」
クラレンス様の婚約者になってから三週間。
私はリード邸に移り住み、勉強三昧の日々を送っていた。
歴史学、農学、経済学、政治学……その分野ごとに家庭教師がいて、ビシバシと教えてもらう。
当主に何かあった時は、その伴侶がこの家を守る。
それがリード侯爵家の家訓なのだ。
そして夕食前に私を待っているのが、リード流抜き打ちテスト。
今日は農学編だったけれど、何とか全問正解出来てよかったー!
「全問正解しないと、夕飯のデザートを減らされちゃいますから、私だって必死になります!」
このお屋敷で食べるお菓子は、どれもとっても美味しい。
それが、抜き打ちテストを一問間違えただけで減量。
甘いものが大好物の私にとっては、死活問題だ。
「シャロンさん……あなたがここまで出来る人だとは思いませんでした」
私の部屋にやって来たリード侯爵は、本日のテスト結果を聞いて感心していた。
「エミリーとは大違いね。あの子の場合、まずテストを受ける以前の問題だったのよ」
「屋敷にすら来ないって話でしたね……」
「『わたくし、クラレンス様と結ばれるために一生懸命頑張ります』って目を潤ませて言ってた気がするけど、あれは何だったのかしら」
頬に手を添えながら、呆れたように言う侯爵。
エミリー様には随分と苦労していたようで、そもそも婚約の条件も本来は、抜き打ちテストの正解率が一定ラインを超えることだったらしい。
だがホロウス侯爵に食い下がられて、「じゃあ、まずは勉強をしっかりとしてね」とハードルを大分低く設定したのだ。
ところがエミリー様はハードルを飛び越えるどころか、棄権してしまったのである。
「だけどシャロンさんは、元々勤勉家でしたの? 家庭教師たちが『基礎知識が備わっているから、教えるのがとても楽です』と口を揃えて言っていましたよ」
「父の仕事を手伝ったり、一時期マルフォー商会で働いていたので……」
「マルフォー商会……レイネス家と契約しているところですね」
「はい。経理とか商品の発注をしていました」
「えっ、あそこってそんなに人手不足だったの?」
クラレンス様が不思議そうに私に尋ねるので、「違います、違います!」と慌てて否定する。
「私が好きでお手伝いしていただけなんです。なんたって……」
「シャロン……」
「まあ……なんて立派なのかしら」
「あ……いえ、私なんてそんな……」
クラレンス様とリード侯爵が目を輝かせながら見てくるから、私は二人から視線をサッと逸らした。
休憩時間に出されるクッキー目当てで、商会に行っていたなんて言えない……
「あ!」
ものすごーく大事なことを思い出して、私はハッとした。
「こ、侯爵様。明日だけ勉強を休ませてください!」
「何かあるの?」
「マーガレイド農園のジャム作りを手伝いに行きたいんです」
マーガレイド農園。
色んな果物を栽培していて、そこで作られるジャムはどれもとっても美味しい。
マルフォー商会でも取り扱っている人気商品なのだ!
私も毎年ジャム作りに参加していて、先日父から手紙で日程を教えてもらっていたのをすっかり忘れていた。
マーガレイド農園でジャムを作るのは、年に一度だけ。
明日を逃すと、来年まで待つことになってしまう。
「もちろん構いませんよ。いってらっしゃい、シャロンさん」
「ありがとうございます!」
優しく微笑みながら了承してくれた侯爵に、私は感謝を込めて頭を下げた。
強制ってわけでもないけれど、私にとっては特別な日だから。
「シャ、シャロン……」
おずおずとした様子で、クラレンス様が話しかけて来た。
「何でしょうか、クラレンス様?」
「明日、その……」
「はい?」
「……ううん。何でもないんだ。明日は楽しんで来てね」
クラレンス様は少し寂しそうに微笑んだ。
もしかしたら明日、私とどこかに出かけたかったのかなぁ……
翌日、私はルンルン気分でマーガレイド農園へ向かった。
綺麗なドレスは脱ぎ捨てて、動きやすい農民スタイルに。
長い金髪も後ろで一つに束ねて、陽射し対策で麦わら帽子も装着!
今年も頑張るぞ~! と、意気込んでいると、農園の入口で誰かが立っていた。
私と同じような格好をしているが、帽子を深く被っているせいで顔が見えない。
すると、向こうも私に気づいたのか、とことこと近付いて来た。
「おはよう、シャロン」
「えっ、クラレンス様!?」
何でここに!?
ぎょっとする私に、クラレンス様が気恥ずかしそうに尋ねてきた。
「僕もジャム作りに参加してもいいかな……?」
あっ。まさか昨日私に言いかけていたのって、このこと?
「はい! 人手は多い方がいいですから。クラレンス様がいてくれると、すっごく助かります!」
「……うん」
嬉しそうにはにかむ姿が何だか可愛くて、私は胸をときめかせた。