6.帰宅と優しい両親
「シャ、シャロン様!? どうなさったのですか!?」
何とか屋敷に帰還すると、出迎えたメイドはぎょっと目を見開いた。
すると、すぐに両親が血相を変えて玄関にやって来た。
夜会はとっくに終わっているはずなのに、私がいつまでも帰って来ないから心配していたらしい。
「一体何があったんだ?」
「アラン様に置いて行かれて、ここまで歩いて帰って来ました」
「な、何ぃぃぃっ!?」
仰天する父。
だけど、驚くのはまだ早いですよ。
「それと、夜会の場で婚約破棄を言い渡されました……」
「何ですって? あのクソガキ……」
母が鬼のような形相で、ドスの利いた声を上げた。ハッとした父が、「お、落ち着け」と宥める。
「シャロンも少し休んで来なさい」
「ですが……」
「詳しい話は、その後で聞こう」
父が優しい口調で言う。
母も「そうね。お腹は空いてる?」と先ほどとは打って変わり、穏やかな様子で尋ねる。
本当は、何があったのか今すぐにでも聞きたいだろうに。
両親の優しさに感謝しながら、私は自室に戻った。
「いたっ……」
靴擦れしてしまったのか、足が痛む。
ヒールを脱いで見てみると、ところどころ赤剥けしていた。
「お嬢様、冷たいお飲み物をご用意しました」
「ありがとう」
メイドが持って来たのは、柑橘類で匂いづけした水だった。
一気に呷ると、爽やかな香りが鼻を突き抜けていく。
「は~……生き返った……」
一息ついたところで広間へ向かうと、既に両親が待機していた。
私は夜会で何が起こったのか、なるべく感情的にならないように意識しながら語った。
娘の話を聞いているうちに、どんどん険しくなる両親の顔。
「……なるほど。どうやらお前は、エミリー嬢に嵌められたみたいだな」
「はい……」
父の言葉に、私はがっくり肩を落とした。
「……私が素直にコサージュを渡せば、こんなことにはならなかったと思います」
「いやいや。シャロンは何も悪くない!」
「そう、悪いのはエミリーよ。それに、妹の言葉を鵜呑みにしたアラン子息にも問題があるわ」
確かに母の言う通りだ。
だけど、もっとアラン様に従順でいるべきだったという後悔もある。
シスコンを治すために、色々口出ししたのが間違いだった。
「まあ、これであんな男とは縁が切れるんだ。よかったじゃないか」
「どうせ結婚まで漕ぎ着けたとしても、エミリー絡みで離婚を言い出されていたでしょうね。今ここで、別れて正解よ」
「お父様……お母様……」
だけど、せっかく侯爵家に嫁げると思ったのに。
項垂れていると、父は私の肩を優しく叩いた。
「結婚相手なんてまた探せばいい。なーに、アラン子息より素晴らしい男なんて、ごまんといるさ」
「……はい」
父の楽観的な言葉に、どんよりと曇っていた気持ちが晴れてきた。
今回がダメでも次があると、前向きに考えよう。
「私、頑張りますね!」
「その意気よ。それでこそ、私たちの娘!」
よーし、明日から気合を入れて新しい婚約者探しね!
そして翌日の早朝。ホロウス家から一通の書状が届いた。
内容はもちろん、婚約破棄の宣告。
原因は、私がエミリー様を辱めたことであると長々と綴られていた。読んでいるだけで、疲れる。
書状の最後には、アラン様とホロウス侯爵夫人の署名があった。
ちなみに侯爵は、隣国エルガニアに長期滞在中である。
当主抜きでこんな大事な話を進めるなんて、我が家が舐められているとしか思えない。
だけど父は書状を読んで、何故かほっとしていた。
「よしよし、うちにとっては好都合だ」
「どういうことですか?」
「お前の非で婚約破棄すると主張しているが、慰謝料については『レイネス家の手垢がついた金を受け取るつもりはない』と書いてあるだろ? 当主が帰国してあれこれ口を挟まれる前に、さっさと応じてしまおう」
そういえばホロウス夫人は元々、私たちの婚約に反対だったらしく、私と会う度に嫌みを言っていた。
まさかここまで、私を毛嫌いしていたなんて思わなかったけれど。
こうして私とアラン様の婚約は、つつがなく白紙に戻った。
ほっと一安心する私。しかし、この後洒落にならん大問題が発生する。
誰も私と婚約どころか、見合いすらしてくれないのである!