5.アランの怒りと婚約破棄
自分のドレスに出来た赤紫色の染み。
それを見たエミリー様の顔が、悲痛の表情に歪んでいく。
「こんなことをするなんて……シャロン様、酷いです!」
「す、すみませ……」
「私はただ、コサージュをお借りしたかっただけなのに!」
声を震わせながら、両手で自分の顔を覆うエミリー様。
お借りしたかった?
さっきは「いただけないでしょうか?」と聞かれたような。
私が目を丸くしていると、誰かにドンッと突き飛ばされた。
「シャロンッ! お前という奴は、何てことを……!」
アラン様が憤怒の形相で、床に倒れ込んだ私を見下ろしている。
「このような場で、エミリーに恥をかかせるなんて何を考えているんだ!」
「……お待ちください、シャロン様に非はありません。エミリーがシャロン様の腕を──」
「黙れ、クラレンス! お前も何故エミリーを守らなかったんだ! それでも婚約者か!?」
クラレンス様が私を擁護しようとするものの、アラン様が聞き入れる様子はない。
それどころか、エミリー様の言葉で事態はさらに悪化した。
「私にワインをかけた時、シャロン様はとても怖い顔をされていました……わたくし、そんなに嫌われていたのですね……」
「ご、誤解です!」
元はと言えば、あなたが強引にコサージュを奪おうとしたせいじゃないですか!
だけど、そんなことを言える雰囲気じゃなかった。
「お兄様……!」
「エミリー……可哀想に……」
涙をぽろぽろと零しながら兄に抱き着くエミリー様と、妹の震える背中を優しく擦るアラン様。
周りの野次馬は二人に同情の眼差しを送っていたけれど、中には軽蔑の目を私に向ける人もいる。
ちょっと待って、何このアウェー感!?
そして焦る私を指差しながら、アラン様が声高らかに宣言した。
「よくもエミリーの心を傷付けたな……お前との婚約は破棄させてもらう! 俺たちの前に二度と現れるな!」
「なっ……私の話を聞いてください!」
「婚約者の妹に嫌がらせをする女の言葉なんて、誰が聞くか!」
「あまりシャロン様を責めないであげてください。この方も……たくさん悩んでいたと思うのです」
ようやく泣き止んだエミリー様が、悲しげ表情で言う。
すると、アラン様は不満そうに妹を見た。
「こんな女に同情する必要はない」
「ですが、そのように怒っているお兄様なんて、いつまでも見たくありません」
「まあ、お前がそう言うのなら……」
「ありがとうございます、お兄様」
互いに微笑み合うと、二人は静かにパーティー会場から去って行った。
私は呼び止めることも出来ず、呆然としていた。
まさか、ギャラリーが大勢いる前で堂々と宣言するなんて。
誰かが「ぷっ」と小さく噴き出したのを皮切りに、周囲から笑い声や陰口が聞こえ始めた。
居た堪れなくなって、私も逃げるように会場から立ち去る。
アラン様は、既にエミリー様を連れて馬車を出発させた後だった。
……徒歩で帰るか。
何時間かかるだろうかとげんなりしていると、クラレンス様に呼び止められた。
私を追いかけて来たらしい。
「うちの馬車で、君の屋敷まで送っていくよ」
「大丈夫です。アラン様に知られたら、あなたへの印象がもっと悪くなると思いますし」
「でも……」
「クラレンス様は、ご自分のことだけを考えてください。では失礼します」
精一杯の笑顔でそう告げて、私は長い道のりを歩き始めた。
悔しさと惨めさのあまり、涙が込み上げる。
だけどここで泣いたら、もっと惨めになる気がして、私は泣くのを必死に堪えた。