2.相談
自分の屋敷に戻ると、正門には一台の馬車が停まっていた。
見慣れた紋章が彫られているキャビンを見て、私はぎょっとした。
慌てて屋敷に入り、手早く身なりを整えてから、応接間へ。
「どうした。アラン子息のところに行っていたんじゃないのか?」
「……アラン様に急用が出来たので、帰って来たんです。そんなことよりお父様。商談をする時は、私も同席させてくださいと言ったじゃないですか」
目を丸くしている父に拗ねたように言うと、父の向かい側にいた初老の男性が声を出して笑った。
国内でトップクラスの規模を誇るマルフォー商会。その会長であるジェームズ・マルフォーだ。
私の家、レイネス伯爵家にとって大事な取引相手でもある。
「レイネス伯を責めないでくれ、シャロン嬢。今日はただ世間話をしにやって来ただけなんだ」
「世間話?」
「ん~、実はホロウス侯爵令嬢のことでなぁ……」
マルフォー様が顎を擦りながら、苦笑する。
すると父が「先ほどまでホロウス邸にいたんだろ? エミリー嬢の様子はどうだった?」と私に問う。
私はげんなりした表情で答えた。
「いつもと変わりませんよ。アラン様にべったりでした」
「あはは、やっぱりそうか。リード侯爵子息が困っているわけだ」
リード侯爵子息。
エミリー様の婚約者であるクラレンス様のことだ。
「何かあったのですか?」
「エミリー嬢がまったく侯爵子息と会おうとしないんだよ。最初に数回ほど行って、それっきりだ」
「……やはりそうでしたか」
私は、頬に手を添えながら溜め息をついた。
エミリー様がどうしてクラレンス様に会おうとしないのか、理由は単純明快。
「リード邸に行けば、家庭教師の方々が待っていますからね」
「「それな」」
私の言葉に、父とマルフォー会長が声を合わせて相づちを打つ。
クラレンス様と結婚するなら、教養や知識を婚約期間の間にしっかりと身に付けること。
それが、エミリー様に与えられた条件だった。
ホロウス家も了承して婚約したはずなのに、実際はこの通り。
いや、勉強から逃げ出すだけならまだいい。
「エミリー様、クラレンス様のことを悪く言っているみたいなんです。勉強ばかり押しつけてくるとか……」
「そりゃ、勉強することが結婚条件だからなぁ。ちなみに、アラン子息は何と言っているんだ?」
「『なんて奴だ!』と憤慨されてました」
「……あの男がお前の婚約者とは。何だか色々と不安になってきたな」
父は、渋い表情をしながら腕を組んだ。
アラン様が重度のシスコンと判明してから、私も同じことを考えていた。
エミリー様を大事に思うあまり、視野が狭くなっている。
あんな人が将来家督を継いだ時に、公私混同することなくしっかりと仕事が出来るだろうか。
「まあ、シャロン嬢がいるんだ。あの若造が無能でも、ホロウス家は何とかなるだろうが……」
マルフォー様がぽつりと呟くと、父は遠い目で天井を仰ぎ見た。
「いっそのこと、婚約破談にならんかな~」
おっと、爆弾発言。
「なんてことを仰るんですか、お父様」
「すまんすまん。だが、お前のことを考えるとなぁ」
お父様が私を心配しているのは分かる。
けれどホロウス侯爵家は、王家とも親交の深い名家。
何としてでも、繋がりは持っておきたい。
アラン様の尻拭いをする覚悟だって、出来ている。
けれど、その覚悟は三日後の夜会に、最悪の形で打ち砕かれるのだった。




