15.犯人とジャム
その一ヶ月後、私とクラレンス様はとある屋敷を訪れていた。
応対したメイドは、こちらの素性を明かすと驚いた表情を見せた。
事前連絡なしに突然訪問したのだから、当然の反応だと思う。
「……何かあったのですか?」
私たちの後ろに控えている警官たちを、チラチラと見ているメイド。
この反応を見る限り、彼女は何も知らないのだろう。
警官の一人がメイドに説明する。
「あなたの雇い主には、密輸の容疑がかかっています。なので、屋敷を少し調べさせてもらいたい」
「み、密輸!? ご主人様がそのようなことをするはずがありません!」
「それは調べれば分かることです。ちなみに捜査令状も出ているので、拒否は出来ませんよ」
淡々とした物言いをする警官に、メイドの顔が蒼白になる。
すると屋敷の奥から、小太りの男性が玄関に駆けつけて来た。
ポーマ子爵その人だ。目を大きく見開きながら、クラレンス様と警官たちを交互に見ている。
「リ、リード侯爵子息、これは一体何事かね?」
分かりやすいくらい動揺してる……
「では失礼」
そう言って、ぞろぞろと屋敷の中に入って行く警官たち。
私とクラレンス様もそれに続く。
「シャロン、顔が強張ってる」
クラレンス様に小声で言われて、ハッとする。
私、すごく怖い顔をしていたのでは。
緊張を解すように、顔をマッサージする。柔らかくなれ~……
そして最後に、パンと軽く叩いた。
うん、少し落ち着いた気がする。
「……私は大丈夫です。さあ、行きましょう」
突然やって来た警察に、多くの使用人は不思議そうに首を傾げている。
けれど子爵夫人や執事など、一部の人間はあからさまに頬を引き攣らせていた。中には、どこかへ逃げ出そうとする庭師も。
「リード侯爵子息、地下室でジャムを発見しました」
警官の言葉を聞いた私たちは、地下室へ急いだ。
そこにはラベルの貼られていない瓶詰めのジャムが、大量に積み重ねられていた。
報告書に書いてあった通り、全部で五種類。それに、瓶の形には見覚えがあった。
このジャム瓶を確認するために、私とクラレンス様は警察に同行したのだ。
「間違いありません……これは農園から盗まれたジャムです!」
「レイネス伯爵令嬢はこのように仰っておりますが、どうなのですか?」
いつの間にか地下室に連れて来られていたポーマ子爵に、警官が問いかける。
子爵は首を大きく横に振った。
「ち、違う。これは私が独自に仕入れたジャムだ! マーガレイド農園のものではない!」
「……子爵、彼女は今、農園と仰っただけです。何故そこでマーガレイドの名前が出てくるのです」
「うっ……」
警官に指摘されて、ポーマ子爵が表情を歪める。焦っているのか、自分からボロを出した。
マーガレイド農園のジャムじゃないと言い張るのは、恐らくここで認めたら放火の件も言及されるから。
この国において、放火は重罪。爵位なんて一発剥奪だ。
「だ、だがそこのジャムだという証拠はあるのか? たまたま種類が同じで、瓶の形も似ているだけではないのかね?」
ポーマ子爵がハンカチで顔の汗を拭きながら、私に質問を投げかける。
やっぱり素直に白状するわけないか。
私は積んであるジャム瓶を手に取ると、くるりと引っくり返して瓶底を子爵に見せた。
「よくご覧ください、子爵。ここに花が彫られていますよね?」
「これは……」
ポーマ子爵は瞠目して、瓶底を凝視している。
小指の爪サイズの模様なんて、普通気づかないと思う。
中身を全部食べ切った後で、瓶を観察しない限りは。
「マーガレイド農園のジャム瓶の底には、花の模様が彫られているんです」
「くっ……!」
「ちなみに、模様のデザインは毎年異なります。この瓶は……今年作られたものですね。瓶の製造メーカーにデザインの発注書が残っているはずなので、照らし合わせても構いません」
青ざめているポーマ子爵に、淡々とした口調で告げる。
瓶底の模様は、元々ちょっとした遊び心で私が発案したもの。
だけど、まさかこんな形で役立つ日が来るとは思わなかった。
「くそ……! レイネスの小娘がっ!」
ポーマ子爵が私からジャム瓶を奪い取り、それを私へと思い切り振り下ろす。
殴られる。私は反射的に目を瞑ったものの、痛みも衝撃もやって来なかった。
恐る恐る瞼を開くと、クラレンス様がポーマ子爵の腕を掴んでいた。
そしてそのまま床に押し倒して、体を押さえつける。
その光景に、私だけじゃなくて警官たちも息を呑んだ。
「追い詰められたからって暴力を振るおうとするなんて、あなたは最低だ」
クラレンス様は、ひんやりと冷たい声でそう言い放った。
クラレンス様の調査報告書と、マーガレイド農園のジャム瓶。
それらを警察に提供すると、彼らはすぐに動き出した。そして捜査の結果、ポーマ子爵の名前が挙がった。
何でも彼には以前から脱税の疑いがあって、黒い人物だったとのこと。
容疑が固まり、警察は家宅捜査に踏み切ったのだった。