11.お昼ごはんと事件
昼食兼お昼の時間になる頃には、みんな疲れ果てていた。
私ももう限界。腕がすごく重い……
「みなさん、サンドイッチを持って来ました」
そんな中、私の婚約者は疲れた様子をまったく見せずに、お昼ご飯をみんなに配っていた。
「はい、シャロン。これは君の分」
「あ、ありがとうございます……」
クラレンス様とベンチに座って、おばさまたちが作ったサンドイッチをいただく。
レタスとハム、ポテトサラダ、ツナマヨネーズ。
どれも美味しいけれど、やっぱり一番は農園で採れた果物と自家製生クリームを挟んだサンドイッチ!
瑞々しいフルーツと濃厚なクリームの組み合わせは、いつ食べても最高。
んー! いくらでも食べられちゃう!
「どれも美味しいね」
クラレンス様も、幸せそうにサンドイッチを食べている。
一口一口ゆっくりと食べる姿は、小動物みたいでかわ……いけないいけない。
クラレンス様は、私より年上で身長も高いのに可愛いなんて思ったら、失礼よね。
「どうしたの? 何だか難しい顔してるけど……」
「い、いえ! ちょっと疲れたなーって思っていただけなので!」
「あなたに萌えていました」とは、口が裂けても言えない……
「そんなことより、今日はお手伝いに来てくださって本当にありがとうございました」
「うん。僕もとても勉強になったよ。ジャム作りって、こんなに大変なんだね」
「その苦労がジャムを美味しくさせるのです!」
私の視線の先には、瓶詰された大量のジャムが並べられていた。
ストロベリー、ブルーベリー、林檎、アプリコット。薔薇のジャムなんて変わり種もある。
「マーガレイドさんにジャムを作るように提案したのは、私なんですよ。この農園では普段からマルフォー商会に果物を卸していて、数年前に『うちの果物で何か商品を作りたい』って相談を受けたんです」
ジャムはありきたりだけど、需要が高いからね。
それにここの果物は甘みと酸味のバランスがちょうどいいから、美味しいものが作れるという確信があった。
試行錯誤を繰り返すこと一年。ジャムの味だけじゃなくて、瓶のデザインもすごくこだわった。
そしてついに、ジャムの商品化にこぎつけたのだった。
「だからマーガレイド農園のジャムは、私にとって特別なものなんです。なので、午後からも頑張ろうと思います!」
「うん。一緒に頑張ろうね」
「は、はい……」
私を見詰めながら、優しく微笑むクラレンス様に思わず顔が赤くなる。
アラン様は、こんな風に言ってくれたことがなかったから。
空がオレンジ色に染まり始めた頃、一日のジャム作りが終わった。
ジャムを詰めた瓶は、広場の隅にある小屋に一時保管。数日後、マルフォー商会に卸すことになっている。
「シャロンお嬢様、こちらをどうぞ。手伝ってくださったお礼です」
帰り際、マーガレイドおじいさんから紙袋を渡された。
その中には、今日作ったばかりのジャムがたくさん!
お礼にジャムをいただくのは毎年のことだけど、何だか多いような。
「クラレンス様の分もありますので」
「僕のですか?」
クラレンス様が自分を指差しながら、首を傾げる。
「はい。今日一番働いてくださっていましたからね」
「……ありがとうございます」
嬉しそうにはにかむクラレンス様。リード侯爵へのお土産が出来てよかったと思う。
幸せな気分に浸りながら、私たちはリード邸に帰った。
翌日私はいつもより早く起きた。
だって今日の朝ごはんで、早速ジャムが食べられるから!
軽やかな足取りで広間へ向かうと、クラレンス様とリード侯爵が険しい顔で何かを話していた。
「おはようございます。……何かあったんですか?」
私がそう尋ねると、クラレンス様は少し間を置いてから、
「……昨夜、マーガレイド農園で大きな火事があったんだ」
「え……!?」
「僕は農園を見に行こうと思っているんだけど……」
「い、行きます! 私も行きます!」
朝ごはんを食べている場合じゃない。急がないと……!
私が広間から飛び出そうとすると、「待ちなさい」とリード侯爵に止められた。
「気持ちは分かるけど、まずは食事を摂ってからにしなさい。空腹のままだと、心が乱れやすくなりますよ」
そうだ。こんな時こそ冷静にならないと。
自分に言い聞かせながら、朝ごはんを食べる。農園のジャムをたっぷりつけたパンは、とっても美味しかった。