1.シャロンとアラン
「あのクラレンスとかいう男は、とんでもない奴だ! エミリーのことを何も分かっちゃいない……!」
ドンッと机を叩きながら、私の婚約者は声を荒げた。
この話を聞くのは、何度目……いや、何十回目だろう。
もう飽きてきた。思わず溜め息をつくと、ギロリと睨まれた。
「その表情はなんだ、シャロン。私は今、大事な話をしているんだぞ!」
「し、失礼しました」
「まったく……将来、お前はエミリーの姉となるんだぞ。その自覚が足りないのではないか?」
義理の姉ですけれどね!
そう思いながら、メイドが淹れてくれた紅茶を飲む。
彼の話をずっと聞かされたせいで、すっかり冷めてしまっていた。
ホロウス侯爵子息アラン。
それが私の婚約者の名前。
優れた容姿の持ち主で、貴族学園も首席で卒業した天才。
伯爵令嬢の私が、そんな彼の婚約者になれたのは幸運だった。
……なんて思っていられたのは、最初のうちだけでした。
「……アラン様、ご令妹を大事になさっているのは分かりますが、エミリー様はもう十六歳です。彼女に干渉し過ぎるのは、あまりよくありません!」
「エミリーは私に『婚約者が冷たい』と、助けを求めてきたのだ。兄として黙って見ているわけにはいかん!」
「それが過保護だと言っているんです。自分たちの問題は自分たちで解決出来るようにならないと、この先苦労することになりますよ」
「エミリーはもう十分苦労してきた!」
ああもう。どうしてこの人は妹のことになると、こうなっちゃうかなぁ……
アラン様とエミリー様は、血が繋がっていない。
十年前、ホロウス侯爵の親戚夫婦が流行り病で命を落とし、残されたエミリー様が養子として引き取られた。
自身も病の後遺症で虚弱体質になり、いつも部屋に閉じ籠っている。
ホロウス侯爵夫妻やアラン様は、エミリー様を溺愛している。
私がこうしてホロウス邸を訪れる度に、彼女の話を聞かされた。
「エミリーに新しくドレスを買ってあげた」とか、「エミリーにはこういうアクセサリーが似合う」とか。結構しんどい。
本日も妹至上主義の婚約者に呆れていると、誰かが部屋に入ってきた。
「お兄様、ご一緒にお茶でも……あら、シャロン様いらっしゃったのですね」
光を当てると、輝きを放つ銀髪。冬の湖の色を閉じ込めたかのような青い瞳。
陶器のように白く、きめ細かい肌。
レースをふんだんにあしらった白いドレスを纏ったその姿は、まるでビスクドールのよう。
エミリー様は、超がつくほどの美少女だった。
「お邪魔しております、エミリー様」
「あの……シャロン様。わたくしもご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「そんなことわざわざ聞く必要はないさ。おい、エミリーの椅子を用意しろ!」
そう命じられたメイドは、椅子をアラン様の隣に置いた。
そして「お茶をご用意いたします」と、部屋から出て行く。
「実は今、シャロンにクラレンスのことを相談していたんだ」
「クラレンス様の?」
こてん、とエミリー様が首を傾げる。
「このままでは、奴はエミリーを不幸にする。その前に何か手を打っておかなければならないだろう?」
「お兄様……ごめんなさい」
「お前は謝らなくていい。悪いのはクラレンスなんだ」
アラン様が、エミリー様の頭を優しく撫でながら言う。
エミリー様も口では「子供扱いしないでくださいまし」と言うけれど、兄の手を払いのけることはない。
「……クラレンス様は、エミリー様の幸せをしっかりと考えていると思いますけど」
私が静かに言うと、アラン様がむっとした表情でこちらを見た。
「そんなわけがあるか。あいつはエミリーのことなんて、どうでもいいんだ」
「お兄様の仰る通りです。クラレンス様は……私のことなんて、何とも思っていないのです」
目を伏せながら反論するエミリー様。その瞳は、涙で潤んでいる。
庇護欲をそそるような姿に、アラン様が「泣くな、エミリー」と優しく声をかける。
そして私には、冷たい眼差しを向ける。
「シャロン、今日はもう帰れ。これ以上お前の顔を見たくない」
「……分かりました」
私は素直に席を立った。
ここで口ごたえをすれば、何倍にもなって返ってくると分かっているからだ。
「では失礼します」
ドアを開ける間際に二人を一瞥すると、エミリー様は微笑を浮かべながらアラン様に寄りかかっていた。
ほんと仲がいいわねぇ……
モヤモヤした気持ちを抱えながら、私は部屋から出て行った。




