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8.セアラ邸突撃

 

 セアラのヒューズ公爵家に向かう馬車のなかでは、ケイトがしきりに先触れなしに訪問することを心配していた。


「姫様、やはり公爵家に失礼なのでは」

「それはわかってるわ。だけど、前もって連絡したらコンラッド様もセアラ様も心の準備ができちゃうじゃない。それじゃあダメなのよ」

「どういうことですか?」


 不安顔で尋ねてくるケイトに、メルは名推理を披露する探偵のごとく自信をもって答える。


「今日、突然訪問するのはね、二人の正直な気持ちを聞かせてもらうためなのよ。おそらく今日二人が会っているのは、お父様のゴリ押しで私とコンラッド様の婚約が決まりそうだから、今後のことを話し合うためだと思うのよ」

「たしかに。コンラッド様からセアラ様に大事なお話があるといえば、そのことしか思い当たりませんわよね。子どもの頃からの三人の会話を思い出してみても、コンラッド様が自ら話題を出すことは皆無でしたし」


 ケイトの同意を得て自信を増したメルはさらに推理を披露する。


「二人はおそらく思い合ってるわ。もしかしたら内々に婚約の話が進んでいたのかもしれないし。でも私は王女という身分で、コンラッド様は生真面目で、セアラ様はおとなしい方よ。二人は王家に配慮して、セアラ様が身を引くという形をとるのではないかと思うの」

「それはありえそうな話ですが。もしや姫様はお二人がそういう方向に話をまとめてしまう前にお会いしたいとお考えですの?」

「ええ。前もって私が行くと連絡してしまえば、王女が来る前に急いて話をまとめようとするかもしれないでしょう? せっかく思いが通じ合っているのに、別れを選ばせるようなことをしたくないのよ」

「姫様……」


 メルとユリウスのことを連想したのだろう。ケイトが悲しそうな顔をした。メルは「気にしないで」の意味を込めて軽く首を横に振った。


「それにいきなり突撃したほうが、心の準備が出来なくて本音を聞き出しやすいと思うし」


 馬車のスピードが緩やかになる。もうすぐ公爵邸だ。公爵家にとって、思い合う二人の婚約を阻む、いわば悪役がメルなのだ。しかも突然の訪問。歓迎されるはずがない。メルはこぶしを握って気合いを入れた。



(……と思っていたんだけど)



「まあ! メルティナ様が我が家にお越し下さるなんて。嬉しいですわ。どうぞ。どうぞこちらへ!」


 思いのほか歓待を受けて、メルは驚いた。

 塩対応も覚悟していたのだが。セアラはいそいそと席をすすめてくるし。しかもぴったり横に座ってくるし。正面には二人の様子を穏やかな表情で眺めているコンラッド。別れが迫っている深刻な恋人同士には見えなかった。


(ええと? どういう状況なのかしら)


「メルティナ様が我が家に足を運んでくださるなんて。本当に嬉しいですわ」

「う、うん。突然お邪魔しちゃってごめんなさい。セアラ様のところにお邪魔するのは久しぶりね」

「ちょうどコンラッド様からメルティナ様のことをお伺いしていたところだったのですわ」

「え、わたしのことを?」

「ええ。メルティナ様がわたくしは元気にしているかと気にかけてくださっていたと」


(ん?)


 たしかに言った覚えはある。この前コンラッドが挨拶に訪れた時に、セアラとのことを聞き出そうとして、セアラは元気にしているかと話題を振った記憶はある。あるのだが。


(もしかしてコンラッド様の大切な話って、わたしがセアラ様の様子を気にかけていたってことじゃないわよね?!)


「それを聞いただけでも嬉しかったのに、こうしてメルティナ様ご本人が訪ねてきてくださるなんて。今日は本当に良い日だわ」


 セアラのこの反応からいって、コンラッドは本当に彼女の様子を確認しに来ただけらしい。しかもメルが気にかけていたから、という理由で。


(コンラッド様、どこまで生真面目なの)


 メルが今日ここに現れなかったら、コンラッドは明日にでも「セアラは元気でした」とメルに報告をしに来るつもりだったに違いない。


「それにしても、メルティナ様。今日は突然どうなさったのです? 我が家にお越しいただけるのは嬉しいですが、ご用がおありならわたくしの方から参りましたのに」

「あー、そのことなんだけどね。二人に折り入って確認したいことがあって」

「まあ、なんでしょう?」

「まず、セアラ様から。そのセアラ様は……」


(コンラッド様とどこまで進んでるの? なんて聞いたら警戒されるかしら。なんと言ってもわたしは二人の邪魔をしている立場だし。言い方によっては敵情視察をしに来たっぽく聞こえるわよね)


 メルはなんと切り出していいか迷ってしまい、視線をさまよわせた。


「ええと、その、セアラ様は婚約の話とかは出てないのかなーと」

「婚約ですか?」


(ああ……迷った挙句に、どストレートに聞いちゃったわ)


 おっとりと首をかしげるセアラに対して、聞いてしまったメルの方が焦って目を泳がせた。


「ほ、ほらっ。もうわたしたちも適齢期になったから親とかうるさくないのかなぁ。なんて気になって」

「そういうことですのね。メルティナ様は陛下からコンラッド様との婚約を勧められたとか。ユリウス様を一途に思い続けているメルティナ様にとっては大変ですわよね」


 セアラが眉を下げて心配そうにメルを見つめる。

 セアラの気持ちは嬉しいが、今メルが気になっているのはセアラとコンラッドのことだ。


「まぁ、そうなんだけど。その、セアラ様はどうなの?」

「わたくしは両親にも兄からも好きに過ごしてよいと言われておりますの。ですから今はまだそのような話は出てきたおりませんわ」

「え? そうなの? コンラッド様とは?」


 メルは驚いてうっかりコンラッドの名を出してしまった。ヒューズ公爵家はセアラの兄が継ぐはずなので、セアラ自身は嫁入り先を探していると思ったのだ。


「コンラッド様と、ですか?」

「その、ご両家とも仲が良いし、二人も幼馴染で仲が良いしで、このまま婚約しよう! なんて話があったりするんじゃないのかなー。なんて」


 セアラはピンと来ていない様子だったので、メルはずばり本題に入った。


「さあ、今まで両親からそのような話を聞かされたことはありませんわ。我が家は有難いことにそれなりに大きな領地をいただいておりますし、わたくしはいずれ跡を継ぐ兄夫婦の手伝いをできればとは思っておりますの。ですからもし婚約するならそういった補佐に回ってくれる方になりますかしら。コンラッド様は近衛騎士を続けられるでしょうし、お互いに婚約者候補として名が挙がることはなかったと思いますわ」

「え、そうなの」

「はい」


 意外だった。セアラに領地補佐をする意欲があったとは思わなかった。コンラッドは父親のもっている別の爵位を継いでセアラを迎えるものだと思っていた。


「それにわたくし、結婚して領地経営の補佐を始めたら、王都を離れることが増えますでしょう。そうなったらメルティナ様とお会いできる機会が減ってしまうからイヤなんですの。メルティナ様がお一人で過ごされる期間は、わたくしも身軽な身でいようと決めてますのよ」


 しかもセアラの結婚に対する姿勢が微妙だ。


(そ、そこまで?! むかしからセアラ様の好意は感じてたけど、なんだか友情を超えた何かを感じるのは気のせいかしら)


 しかもそんな二人を見てコンラッドはにこやかに頷いている。なぜだ。


「あの! コンラッド様はどうなの?」

「セアラはむかしからメルティナ殿下を好いていたので、ご家族もそれを微笑ましく見守っているようです。私もお二人がそれぞれ幸せに過ごされることを応援しております」


(コンラッド様、何目線よ?!)


「ええと? コンラッド様はわたしとの婚約話に困ってるんじゃないの?」

「いえ。私は王家のみなさまに忠誠を誓っておりますので、陛下の命とあらば謹んでお受けする次第です」


(忠誠で婚約って。なんというか、コンラッド様らしいというか。生真面目もここに極まれりだわ)


 勢い勇んでやって来たのに、二人が思い合っているという推理を盛大に外してしまった。しかもコンラッドは忠誠ゆえにメルと婚約してもいいと思っているとは。


 困惑しているメルを励まそうとセアラがメルの手を握る。


「でもメルティナ様はご結婚はなさりたくないのでしょう?」

「ええ、そうなんだけど。17歳になったからそろそろってお父様が意気込んでて」

「陛下がその気になっていらっしゃるのでは、手強いですわね。せめてシュタルク帝国のように学院にいるあいだは婚姻できない法があれば、少しは時間稼ぎができたかもしれませんのに」

「そうよねぇ」


 近年世界的に低年齢での婚姻を見直す動きが出ている。その筆頭が隣国のシュタルク帝国だ。


 政略結婚のため13~14歳で嫁いだ皇女様方が、早過ぎる妊娠出産により亡くなる事例が絶えないことにより、先代の皇帝陛下が女性の婚姻および出産は16歳以上を推奨すると宣言した。それに合わせて帝国学院に通う17歳までの生徒に婚姻を強制することを禁止したのだ。帝国の王侯貴族は学院に通うことがステータスでもあるため、上流階級の婚姻は18歳からが暗黙の了解になっている。


近隣諸国の中で最も力を持っている帝国の流れは、徐々に他国にも浸透していった。メルのアバンダ王国でも法的な拘束力はないものの一応婚姻は18歳からが主流だ。


 だからメルも一応は18歳までは結婚から逃れられるはずである。


(でも正式に婚約式までやってしまったら、18歳になっていざ結婚となったときに「やっぱり止めます」なんて出来ないわよねぇ。今のうちに婚約自体を回避しないと)


 コンラッドとセアラが思い合っていたなら、両公爵家の力を借りて、メルとの婚約話をなかったことに持っていけないかと考えていたのだが、その案は使えなくなってしまった。


 どうやって父王を説得し、婚約を回避できるか。メルはまた頭を悩ませることになった。




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