28.襲撃事件
秋から冬に変わろうとする頃、メルはカイの即位式に参加するため、帝国へと向かっていた。
シュテフィ皇女から「メル様にはやく会いたい」と手紙をもらい、父王よりも先に帝国入りすることになったのである。今回はメル付きの侍女ケイトも一緒だ。それに父王の近衛であるコンラッドまで付いてきている。
「旅の護衛にコンラッドを貸そう。腕は確かだから安心だぞ。気心が知れている者の方が余計な気疲れをしなくて済むだろう。なにせ道中は長いからな」
父王から何かを期待されている気がしたが、メルはありがたくその気遣いを受け取った。
はじめはカイがメルを妃にのぞんでいるという噂に慌てていた父王だが、次第にメルが皇妃になるなんて無理じゃないかとの思いに至ったようだ。身分的には可能だろうが、そもそもメル本人にその器がないと思われていた。噂の真相を探りながらも、コンラッドを諦めきらない様子の父王だった。
(今回も道中でコンラッド様との仲が深まることを期待したんでしょうけど。二人旅じゃないんだし、普通にムリよね。でも、コンラッド様が護衛だと話しやすいしラクなのは確かなのよね)
メルは馬車の中から馬に乗り並走するコンラッドをみた。キリリとした眉に一文字に結ばれた口。いつものコンラッドと変わりない様子を見ると道中はホッとする。
馬車の外で護衛をするにしても、中に乗り込んで護衛するにしても、コンラッドなら気を使わなくていい。生真面目だが融通が利かないわけではないので、メルの様子を見ながら旅程を進めてくれる。メルやケイトは安心して任せていられた。
(それにしても、なつかしいな)
帝国への国境検問所はレアード辺境伯の領地にある。
そう、メルが幼いころに過ごした思い出の土地だ。留学したときも、そして今も、レイクルイーズに寄る予定はなかった。
(なつかしい……けど、やっぱり胸がギュッとなる)
思い出の地に寄ることはしない。ただ通り過ぎるだけ。それでもメルの胸は言いようもなく痛むのだ。
「姫様」
「ケイト……大丈夫よ」
今朝からメルの空気が沈んでいることに気が付いていたのだろう。ケイトが心配そうにしている。ケイトを安心させたくてメルは微笑んだ。
「辛いわけじゃないのよ。あれからずいぶん時間が経ったなぁと思って。あのときの悲しさは薄れていったはずなんだけど」
(ただ切ないのよ。時間が経つたびに少しずつ寂しさがふくらんでいくの)
メルはケイトにわからないよう静かに息を吐き出した。ケイトに心配をかけたくない。なにか明るい話題はないかと窓の外を見た時、コンラッドから声がかかった。
「メル様。何が起きても馬車から決して出ませんように」
コンラッドはいつもと変わらぬ硬い口調だ。だが、そのなかにわずかな緊張が感じ取れた。
「コンラッド? なにかあったの?」
「前方に人の気配が。私が声をかけるまでは決して扉を開けないでください」
ここから国境まであと一時間もないはずだ。こんなところに盗賊だろうか。護衛たちの空気がピリピリしたものに変わっていく。
「姫様」
ケイトの声も緊張していた。それでも体をずらし、扉からメルを隠そうとしている。
「ケイト、大丈夫よ。コンラッドたちは優秀だもの。それにここはちょうど辺境伯邸と国境の中間地点くらいだわ。なにかあればどちらかに逃げ込むこともできるし、騒ぎになれば辺境伯の騎士が助っ人に来てくれるわ」
メルはケイトを安心させるため、そして自分を落ち着けるためにそう言った。だが、言いながら気が付いてしまった。
(ちょうど中間ということは、どちらからも一番離れているということ。この場所が一番の狙い目ってわけね)
メルがそう気づいたとき、護衛たちが一気に動き出した。カーテンを閉めているせいで外の様子はわからないが、剣がぶつかる音が何度も響いた。護衛は十分な人数をつけてもらっていたのに、手こずっている気配を感じる。
(馬車が囲まれている?!)
四方八方で戦っている音がした。近づいては遠のく剣の音に護衛たちが必死に守ってくれているのがわかる。馬車の外の様子が気になった。
(コンラッド様。どうか無事でいてね)
カーテンを開けて確認したいが、敵に見られたらここに貴人が乗っているとバレてしまう。メルは祈るしかなかった。
ドンッ! ドンッ!
馬車の扉をたたく音が車内に響いた。ガツガツと無理やり開けようとする耳障りな音が聞こえる。
「姫様! 失礼します」
切羽詰まった声を出したケイトがメルに覆いかぶさってきた。ケイトに包まれて温かなはずなのに、メルは冷えた空気を感じた。それで扉がこじ開けられて外気が入ってきたのだとわかった。
「どけ!」
「きゃあ」
威圧的な声がしたと思ったら、ケイトの身体を持っていかれそうになる。
「ダメ!」
メルは力いっぱいケイトに抱き着いた。ここで連れていかれたら何をされるかわからない。
(絶対に連れて行かせない!)
「くそ! お前に用はないんだよ!」
男は苛立った声を上げて、ケイトの首めがけて手刀をおろした。気を失ったケイトの身体から力が抜ける。彼女の体重がかかりバランスを崩したメルは、ケイトを下敷きにして椅子から落ちてしまった。
「ケイト!」
慌てて起き上がろうとしたメルに男が手を伸ばす。腕を引っ張られたメルは男と正面から向き合うことになった。
「あんたが王女だな」
男はメルの容姿を確認すると、馬車から引きずり降ろそうとした。
「いや! はなして!」
メルは掴まれていた腕を外側にひねり、男の手から逃れることに成功した。だが狭い車内だ。逃げ場所などなかった。
「チッ。もう容赦しねえぞ」
舌打ちをした男が再び乱暴に手を伸ばす。もう少しでメルに触れるというとき――。
「うあっ!」
男は叫び声とともに馬車の外へ転がり落ちていった。その男の太ももには細い銀色のナイフが刺さっていた。そこにもう一本ナイフが飛んでくる。今度は男の腕に刺さった。男はうめき声をあげながら逃げていく。
「え……」
(なんなの? 護衛が来てくれた?)
あっけに取られているメルの前に、別の男が現れた。
「ケガはありませんでしたか?」
「ええ……」
続くはずのありがとうの言葉がメルの口の中に消えた。
「え」
護衛かと思ったら、騎士の隊服ではなく、黒ずくめの格好をしていた。しかも顔を隠すように目元を白い仮面で覆っている。
男は上半身だけ馬車の中に入れると、メルに怪我がないかを確認した。そしてゆっくりとメルの頬に手を添える。
「ご無事でよかった」
心からそう思っているように口元をほころばせた。仮面越しの笑顔なのに、メルはドキリとした。手を添えられている頬が熱くなっていく。
「あなたは……」
メルはじっと男を見つめる。
不思議と怖さは感じなかった。この人は敵ではない。そう感じるのだ。
メルは自分の頬から離れていこうとする男の手をつかんだ。彼の肩がピクリと揺れる。それでもメルは彼の手を離してはいけない気がしていた。
メルが見つめる仮面の奥に見えるのは、ブルーグリーンの瞳だった。




