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26.協力の見返り

 

 王宮滞在中にカイやシュテフィとお茶をする機会が何度か設けられた。

 今日は学院に戻る前の最後のお茶会だ。シュテフィとは学院で顔を合わせることができるだろうが、即位前のカイとはさすがに難しくなるだろう。


「メル様。陰謀解決の見返りは決まりましたか?」


 カイが煌びやかな笑顔を向けてくる。カイの金髪姿はようやく見慣れてきたが、凛々しい顔で惜しげもなく笑顔を振りまくのは心臓に悪いからやめてほしい。


「そのことなんだけど。もしわたしが結婚を回避できなかったら、帝国に避難させてほしいの」

「結婚を回避?」

「避難?」


 メルの発言にカイとシュテフィがそろって首を傾げる。その姿も麗しい。


「そう。そもそもこちらに留学をしたのは婚約を保留にしたかったからなの。留学してる間に婚約回避の良い案がないか考えてはいたんだけど、何も思いつかないし。帰国したらすぐにでもお父様から婚約を押し付けられそうなのよ。説得を試みてもダメだったら、またこちらに逃げてきてもいいかしら?」


 手を合わせてお願いするメルに、カイはなぜかガックリと肩を落としていた。その横でこらえきれないとシュテフィが笑い出す。


「シュテフィ様?」

「ふふふ。メル様。お兄様はメル様からもっと違うお願いをされると期待していたのですわ」

「違うお願い?」

「シュテフィ!」


 カイはシュテフィの口を塞ぎたそうに睨むが、シュテフィはどこ吹く風だ。


「今回のことでお兄様には心配をかけられっぱなしだったもの。これくらいは許してくださいませ」

「……」

「どうなさったのですか?」


 訳が分からないメルにシュテフィは楽しそうに告げる。


「今回の報酬の件で、お兄様はメル様から婚姻をねだってもらえるのではないかと期待していたのですわ」

「わたしがカイと婚姻?!」


 敬称をつけるのを忘れてしまうくらいメルは驚いた。


「お兄様にとってメル様はご自身の髪を犠牲にしてまで命の危機を救ってくれた女性ですもの。自分への思いが少なからずあればこそ、そうやって協力してくれたのではないかと期待してしまったのですわ」


 たしかにメルの髪が犠牲になったが、あれは逃げるための成り行きみたいなものだ。カイを救うために切ったわけではないのだが。


「でもカイ殿下は皇太子ですよ? いくら見返りとはいえ、そんな方に婚姻をねだるなんて」

「皇太子だからこそ、ですわ。メル様はアバンダ王国の王女ですもの。身分も問題ありませんでしょう?」

「それはそうですけど……」

「シュテフィ。もういいだろう。これ以上傷を広げないでくれ」


 カイは片手で顔を覆うが、耳は赤く染まっており動揺を隠せていなかった。だがそれも数秒のこと。カイはまっすぐにメルを見つめると、ほんの少し困った顔をした。


「メル様、気にしないでください。あなたがもし協力の褒賞として私の妃の座が欲しいというのなら喜んで差し出すつもりだったというだけの話ですから」

「妃の座……」

「私はあなたとなら幸せにやっていけると思ったのですが、フラれてしまったのなら仕方がありません」


 公爵たちの陰謀解決に協力する見返りに、メルが皇太子妃になりたいと言い出すと思っていたとは。


(わたし、とんだ肉食女子と思われていたのかしら)


 しかもカイはそれを了承するつもりだったとは。たしかに身分的には釣り合ってはいるが。


「あの、わたし好きな人がいるの。その人以外とは結婚しないって決めてるの」

「ええ、知っています」

「知っている?」


 カイにユリウスのことを話す機会があっただろうか。思い出してみるが、カイとは主に公爵邸の情報を話してばかりだった気がする。


「申し訳ありません。メル様が協力を申し出てくださったときに、念のために調べさせてもらいました。幼いころにあった婚約話の件も把握しています」

「そうだったのね」


 カイは謝ってくれたが、メルは気にしていなかった。皇太子に突然協力を申し出るような人物のことは調べて当然だ。それにユリウスのことは、だれかれ構わずしゃべっているわけではないが、特に秘密にしているわけでもなかった。

 気にしないでと微笑むメルに、カイは真剣な眼差しを向けてきた。


「メル様。もし私が演技でもいいから結婚してほしいと言ったらどうしますか?」

「演技って」

「私の妃になると決まれば、今ある婚約話はなくなりますよ。もちろん妃になった後も、無理強いはしません。メル様が私を好きになってくださるまでいくらでも待ちます。メル様にとっては良い条件だと思いますが、いかがでしょうか」


(いかがでしょうか……って言われても)


 すでに即位が決まっているカイから婚姻の申し込みを受ければ、コンラッドとの婚約話など吹き飛んでしまうだろう。父王にしても、どうしてもコンラッドとメルを結婚させたいということではないだろうし。メルが結婚する気になるなら相応に身分が釣り合う者であれば誰でもよいと思っていそうだ。


(お父様が進める婚約話はなくなっても、カイと結婚するんじゃ意味ないじゃない)


 メルがカイのことを好きになるまで待ってくれるというが、メルはそもそもユリウス以外を好きになる気はないのだ。


「ありがたい申し出だけど、わたしは誰とも結婚しないわ」

「そうですか……。決意は固いのですね」


 カイの寂しそうな顔にメルの胸が痛む。彼の瞳を見ることができなくてメルは視線を下げた。メルのその様子にカイが苦笑して空気が揺れる。


「その気になったときは仰ってくださいね。メル様ならいつでも迎え入れますよ」


 あえて冗談めかした口調に場が和んだ。

 カイのその言葉を本気にするも冗談にするもメル次第。それでよいとカイは言外に伝えてくれた。メルにはそんな気がした。


 その後、カイはメルにいつでも帝国に戻ってきてくれてよいと言ってくれた。帝国学院の臨時研究員の席を用意するので、必要になったら声をかければよいということになった。


 帰国後の憂いがなくなったメルは残りの留学生活を満喫した。

 皇太子暗殺計画を盗み聞きし、カイに協力をして侍女生活をしていたのはほんのひと月ちょっとだった。だが起こった内容が濃すぎて一年くらい帝国で過ごした気分になっていた。


(何はともあれ、充実した留学生活だったわよね)


 カイとシュテフィとは「即位式でまた会いましょう」と約束をし、メルは半年間の留学生活を終えて帝国をあとにした。




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