24.事件の後始末
軽い夕食を終えた後、メルの客室を訪れたのはカイとシュテファニー皇女だった。お茶が供されると、すぐさま人払いされる。
「カイ……。あなた、金髪だったのね」
開口一番メルが放った一言に、カイは一瞬呆気にとられるも、すぐに笑い始めた。
「そうですよ。もうカツラをかぶって変装する必要はなくなりましたからね」
カイはシュテファニー皇女と同じ輝く金色の髪をしていた。黒髪の侍従姿でいたときも凛々しさと品は隠しきれていなかったが、煌びやかな金髪になると一層高貴なオーラがあふれ出ていた。すでに政務も食事も終えた夜の時間ということでシンプルなシャツに黒のパンツという比較的ラフな服装だったが、このまま晩餐会に出ても誰も咎めないのではと思わせる風格がある。シュテファニー皇女と並び立つとその輝く美貌に圧倒されそうだ。
「メル様。大変な思いをなさったと伺いました。体調は大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、シュテフィ様。休ませてもらえたおかげで元気になりました」
「シュテフィはあなたが公爵邸に潜入したときから、ずっと心配していたのですよ。今日もあなたの無事を確かめたいと言いましてね。私もメル様への報告が夜になりそうだったので、付いてきてもらった次第です」
たしかに夜にカイがメルの部屋を一人で訪ねてくるのは問題だ。メルも事件のその後がどうなったのか気になっていたし、シュテフィが一緒に来てくれてちょうどよかった。
「メル様。あらためてお礼を言わせてください。あなたのおかげでゼーバッハ公爵たちが私を廃して第二皇子を担ぎ上げようとしていた企みを阻止することができました。ありがとうございます」
「ううん。自分で協力するって言いだしたことだから。それよりも、やっぱりカイは皇太子殿下本人だったのね」
「はい。カールハインツ・フォン・ヴァイラントと申します。メル様を騙して申し訳ありませんでした。味方が少なかったものですから、身分を隠して自分で動くしかなかったのです」
カイは再度深く頭を下げた。皇太子にそんなことをされては居心地が悪い。メルはすぐに顔を上げてくれるようお願いした。メルの気持ちを察したカイは顔を上げると、そこにいたずらな笑みを浮かべた。
「それにしてもメル様は私の正体を聞いても驚きませんでしたね。もしかして気が付いていましたか?」
「うん。じゃなくて、はい。わりと初めから気が付いていました」
「いいですよ。いつものままお話しくださっても」
カイはそう言ってくれるが、さすがに大国の皇太子相手に不敬だろう。
「カイが侍従のフリをしていたので気安く話すことができたのです。皇太子殿下というお立場に戻られたのならそれに合わせますわ」
「それでは私が寂しい。どうか私のことは今まで通りカイと。これまでと同じように話してほしいのです」
「それならカイ殿下と呼ばせてもらうわね。今まで通り話すのもこの三人の前でだけよ」
「ええ、十分です」
メルのアバンダ王国も大きな国だが、シュタルク帝国には一歩及ばない。カイを呼び捨てにするなど本人が気にしなくても周囲の者たちがうるさそうだ。カイが妥協してくれて助かった。
「何から話しましょうか」
カイの言葉に、メルはとりあえず気になっていることを聞いてみた。
「カイはなぜわたしの居場所がわかったの?」
「それはブルーノが白状したのです」
カイの表情が沈む。それはメルにとっても悲しい事実だった。
「ブルーノ様が? もしかして」
「ええ。側近のなかにいた密通者はブルーノでした」
カイは側近4人の中にいる密通者をあぶり出すため、皇太子の警備が手薄になるという偽の情報を側近たちに渡したらしい。これまで公爵は警備が手薄になるときを的確に狙って襲ってきていた。だからそれを利用したのだ。側近たちには情報を個別に渡し、しかも警備が手薄になる場所をそれぞれ変えていた。刺客がやってきたのはブルーノに教えた偽情報の位置だった。
「でもブルーノ様は公爵とは仲が悪いんじゃなかったの?」
「ええ、その通りです。ブルーノは公爵を毛嫌いしていた。公爵に協力していたのは公爵のためではなく、姉である第二皇妃のためだったようです」
「お姉さまの?」
メルの心には、第二皇妃のことを「この家で唯一優しい人だった」と優しい表情で話していたブルーノの顔が浮かんでくる。
「第二皇妃のもとに陛下はほとんど訪れていませんでした。第二皇子を生んでいるものの彼はまだ5歳ですし、すでに私が皇太子として存在しています。皇妃としての役割は期待されておらず、離宮で寂しい生活を送っているようなのです」
「それで第二皇妃と第二皇子が中心となるように皇太子を廃そうとしたっていうこと?」
姉の幸せのために、一番近くで仕えていた皇太子を裏切ったのだろうか。
「政治権力の中心になるというよりは、陛下の関心を呼び寄せてあげたかったようです」
「そんな」
「ブルーノは陛下が家族愛に疎い方だと知らなかった。陛下が私と頻繁に会うのは皇帝と皇太子という役職上のこと。ですがブルーノは私がいなければ第二皇妃や第二皇子にも愛情が注がれると期待したようです」
メルはブルーノとカイの関係がどのようなものだったのか知らない。だけど、カイの沈痛な面持ちを見たら、カイがどれほどブルーノを信頼していたのかがわかった。
(ブルーノ様……なんて身勝手で、なんて悲しいの)
「ブルーノを取り調べたところ素直に話してくれました。そのときに、公爵が近衛隊長を巻き込んで私を陥れようとしている計画を知ったのです。しかもその計画の実行日が今日だったので慌てました。公爵自身を王宮に呼び出し軟禁したあと、あの邸へ向かったのですが、嫌な予感ほど当たるものだ。あなたが毒の引き渡し役に選ばれていたなんて」
メルもあのときは公爵たちの真の企みがわからず、最後の最後で慌てて逃げだしたのだ。一人で心細かったが、その裏でカイ達も必死に動いてくれていたらしい。
「じゃあカイ殿下はあの時までわたしがいるって知らなかったの?」
「はい。ブルーノの話では女を雇うということだったので、まさか公爵が自邸の侍女を使うとは思っていなかったのです」
カイはそのときの焦りを思い出したのか、膝に乗せていた手をグッと握りこんだ。
「メル様だと知っていたら何を置いてもすぐに駆け付けたのに。怖い思いをさせて本当に申し訳ありませんでした」
「そんな。もういいって。それよりも公爵やブルーノ様の処遇はどうなるの?」
第二皇子やブルーノたちを処分に巻き込みたくなくて、カイは秘密裏に調査していたのだ。ブルーノに関してはムダになってしまったが、どうか関係のない人が辛い立場にならないようにと願ってしまう。
「公爵とそれに関わった二人は表向き体調不良による引退ということになりますが、そんなに時間をおかずして病死が発表されるでしょう」
あれだけのことを企てたのだ。仕方のない結末だろう。
そしてゼーバッハ公爵家は長男が継ぐことになった。長男は貴族らしく権力欲のある人間だが、公爵自身とはそりが合わず反目し合っていて、この陰謀には関わっていなかったようだ。
「第二皇妃は気鬱のため第二皇子とともに実家の公爵領で療養してもらうことになりました。ブルーノはその二人の付き添いという名目で実質は皇都追放です」
「そう」
第二皇妃にとって離宮から離れることが良いことなのか悪いことなのかはわからない。でも第二皇子と離れずにすんでメルはホッとした。ブルーノに関しても皇都追放という名の恩情に思えた。
(カイ殿下はブルーノがお姉様を支えてあげられるようにしてあげたのかも)
「それにしても第二皇子殿下を離宮から出してよかったの?」
「ええ。すぐに公になることなのでここで話してしまいますが、三か月後には皇帝陛下が譲位なされます。ですので、監視や警備はつきますが比較的自由にしてもらってもいいのです」
「え?! それって」
カイが皇帝に即位するということだ。メルは展開の速さに目を瞬いた。
「三か月後って……ずいぶん急なのね」
カイも思う所があるのか、苦笑しつつうなづいた。
「内々に進めてはいたので、あと一年後くらいかと思っていたのですがね。今回のことで陛下の気持ちが一気に譲位に傾いたようです」
ということで、カイが即位すれば、後継はカイの息子ということになる。
譲位が決まった今、第二皇子が王宮を離れていても問題視する声は上がらないだろう。
「そうかぁ。じゃあ次に会う時はカイ陛下になっているかもしれないのね」
「メル様はつれないですね。これから帰国まで私とは会わないつもりですか? 今までは週に一度は必ず二人でお会いしていたのに」
「なっ……私たちが逢引してたみたいに言わないでよ。あれは報告会でしょう!」
カイの冗談とはわかりつつも、その瞳に含まれる熱を感じたメルは染まる頬を誤魔化すように語気を強めた。
「メル様にとってはそうでも、私にとっては週に一度の楽しみだったのです。公爵邸への潜入が終わり自由になった今なら毎日でもお会いしたいくらいですよ」
「もう、カイ殿下ったら。ふざけないでよ」
カイの軽口にメルが文句を言い、シュテフィが困った様子で止めに入る。陰謀の事後報告で暗くなっていた場の空気がほぐれ、メルたちは笑い合った。




