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23.一件落着

 

「メル様っ!」

「カイ!」


 カイは勢いよく走り込んでくると、メルと副隊長の間に割って入った。メルをその背に庇い、副隊長に剣を向ける。


「メル様、怪我は?」

「大丈夫よ」


 背中越しに声をかけられ、気丈に返事をする。立ち上がろうとしたが足が言うことを聞かず座ったままになってしまった。


「動くな。抵抗するなら切る」


 カイが副隊長にむかって警告する。先ほどメルが副隊長から言われたセリフとそっくりだが、言う相手が違うとこうも印象が変わるものか。


(副隊長が言ったときは完全に悪役のセリフだったけど、カイが言うと正義の味方に見えるわ)


 そんな冗談めいたことを思えるほど、カイの背中は頼もしかった。


「おまえたちの悪事はすでに調べがついている。大人しくついてくるんだ」

「何のことだ。私はその怪しい女を警備隊へ引き渡そうとしているだけだ」

「しらばっくれても無駄だ。ゼーバッハ公爵はすでに王宮に捕えられているぞ。お前と公爵が通じている証拠も挙がっている。観念するんだな」

「なっ、そんな……」


 カイの言葉で現状を知り、副隊長だけでなくメルもまた事態の急変に驚いた。


(ということは、側近のなかにいた密通者が誰だかわかったのね)


「カイ様!」


 邸の方から背の高い美丈夫が駆けてきた。うずくまっている副隊長を一瞥すると、カイにむかって背筋を伸ばす。


「邸の調べは終わりました。ゼーバッハ公爵の仲間だった商人はすでに捕らえてあります。警備隊には適当に説明して手を引いてもらいました」

「ごくろう。こいつのことも頼む」

「はっ」


 カイは副隊長を顎で指した。美丈夫に気付いた副隊長はひどく顔をゆがめた。


「隊長……! なぜだ……なぜバレたっ」


 どうやら美丈夫は近衛隊長だったらしい。公爵の「この上なく顔が良い」という評価は間違っていなかった。近衛隊長は手早く副隊長を拘束すると「こんなはずでは」とうめく副隊長を無視してサッサと連れて行ってしまった。


「メル様、立てますか?」


 先ほどとは打って変わって、カイは優しくメルに問いかける。そう言われて自分が座り込んだままだと気が付いたメルは、慌ててカイの手を取った。足に力を入れようとするが上手くいかなず、カイの手を握り込むだけになってしまった。


「失礼します」

「あっ」


 カイがメルの身体に手を伸ばし横抱きにして持ち上げた。急にカイのブルーグリーンの瞳が近くなる。その瞳が一瞬切なそうに細められたのを見てメルはうろたえた。


「落としはしませんが、しっかり掴まってくださるとありがたいです」

「う、うん」


 メルはそろそろとカイの首に手を回す。一層カイに密着することになり、メルは邸のそばに止めてあった馬車に乗り込むまで視線をさまよわせ続けた。





「申し訳ありません」


 馬車に向かい合って座ると、カイがいきなり頭を下げた。


「メル様をこんなに危険な目に合わせてしまい」

「カイ、待って」


 謝ろうとするカイの言葉をさえぎって、メルは首を振る。


「わたしが自分で言い出したことよ? 止めるカイを説得して、自分で協力したいって決めたのだから、カイが謝ることなんて何もないわよ」


 メルはカイに苦しそうな顔をしてほしくなかった。カイのブルーグリーンにもみえる瞳が辛そうにゆがむと、なぜかメルの胸が痛むのだ。


「しかしメル様! 相手は短剣を持っていて一歩間違えれば命が危なかった。それに髪を切られてしまうなんて……」


 カイがメルの髪を一房持ち上げる。腰まであった髪は鎖骨のあたりまでになっていた。


「ああ、これは逃げるために自分で切ったようなものだから」


 気にしなくていい、そう言うつもりだった。

 なのに、メルの口からその言葉が出てこず、代わりにこぼれたのは涙だった。


「あ……なんで」


(なんで今、涙が落ちるの……)


 カイの手からメルの栗色の髪が零れ落ちる。ユリウスも褒めてくれた髪だった。


「メル様」

「ちがうの。悲しいわけじゃなくて。助けてもらえたから……安心したのかな、ハハ」


 メルが泣いたらカイが責任を感じてしまう。何度も目を瞬いて涙を誤魔化そうとするが、一度こぼれた涙は次々にあふれ出してくる。


「メル様」


 カイは隣に移ってくると、そっとメルを抱き寄せた。


「助けが遅くなり申し訳ありませんでした。そのぶん今だけでも私を頼ってください」


 メルが押し返そうと思えば簡単に離れられる。それくらいの優しい力加減だったのに、その腕の中にはあらがえない安心感があった。


「うぅ……」


 カイの胸にメルの涙が吸い込まれていく。

 メルが人前で泣くのはユリウスが亡くなったとき以来だった。ユリウスを想い悲しかった日も、公務につまずき悔しかった日も、メルは一人で涙を流してきた。自分の弱さを誰にも気づかれないように。ユリウスの思いを胸に、メルは一人でも立っていける。そう思ってもらえるように。


(でも……抱きしめてもらえると、こんなにも安心できるなんて)


 メルは馬車が止まるまでカイの腕から出ることができなかった。






 馬車が到着したのは王宮の裏口のような目立たない場所だった。

 カイの案内で誰にも会わぬまま客室へと通される。そこにはすでに侍女が待機していた。


「私はすこし事後処理をしてきます。メル様はここでこれまでの疲れを癒してください」

「あ! 待って」


 部屋を出ていこうとするカイを慌てて引き止めると、メルはポケットの中から香水瓶と潰れた小箱を出した。


「これを使ってわたしたちを罠にハメようとしてたみたいなの。証拠になりそうなら使って」

「ありがとうございます。メル様が命がけで手に入れてくれたものです。必ず役に立ててみせます」


 カイは厳しい顔でうなずくと、今度こそ部屋をあとにした。


 部屋に残ったメルはお茶をいただき一息つくと、入浴を勧められた。走ったり尻もちをついたり嫌な汗をかいたり散々だったので、お風呂に入れるのはありがたい。お風呂でゆっくりしたあとはマッサージをうけて緊張しっぱなしだった体をほぐしてもらった。切り落とした髪を綺麗に整えてもらったころには、すでに夜になっていた。




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