21.メル、敵に見つかる
(なんか仲間が増えた?! それともあれが近衛隊長?)
馬車から降りてきた男をメルは観察する。細身だが鍛えているとわかる体つきだ。近衛の隊服を着ていないので確信は持てないが、今この場に現れるなら、呼び出されているはずの近衛隊長か、もしくは公爵の仲間の副隊長のどちらかだろう。
(近衛隊長の顔を知っているわけじゃないけど、公爵はこの上なく顔が良いって褒めてたわよね。うーん。あの顔ならせいぜい中の上って感じだから、副隊長の方かな)
メルがとても失礼な方法で人物判定をしていると、髭男と副隊長(仮)がこちらを向いた。
(うわっ。こっちに来る!)
メルが潜んでいる通用門のほうへ二人が近づいてくる。あまりの雑草の多さに歩きづらかったのかこちらまでは来ず、玄関とメルのいる位置のちょうど中間地点で立ち話をはじめた。
そこから聞こえてくる男の声にメルはハッとした。
(そうだわ! あの髭男のことを何か引っ掛かると思ってたけど、あのカフェで皇太子暗殺計画を話していた男の声だったんだわ)
ということは、あの髭男はカイが言っていた公爵と懇意にしている商人ということになるのだろう。
(二人が話に集中しているうちに逃げれたらいいけど……)
メルは草木のあいだを屈みながらジリジリと進む。ここから先の通用門周辺は石畳になっていて隠れる場所がないため、慎重に飛び出すタイミングを計らなければならなかった。
「しかし、近衛隊長が来ないなんて焦りましたよ」
風に乗って髭男の声が聞こえてくる。はじめは小声で話していたようだが、話しているうちにだんだん興奮してきたのか、メルの元まで声が届くようになっていた。
「おかしい。私はたしかに隊長が外出したのを確認したのだ。あの時間ならすでにこちらに到着しているはずなのに」
副隊長の声には困惑と責任逃れの色がにじんでいる。
「もう警備隊は来てしまいましたよ。どうします? 近衛隊長と女が一緒にいる所に踏み込ませて捕らえさせる計画だったのに狂ってしまった」
「そうだな……。皇太子の愛人が暗殺に協力していたという筋書きで、隊長も皇太子もろとも消えてもらうはずだったのに」
よほど隊長への嫉妬を募らせていたと見える。副隊長は憎々しさを隠そうともせず吐き捨てるように言った。
「今頃、公爵家では閣下も計画通りに侍女が盗みを働いたと騒いでいるはずでしょう」
髭男の言葉にメルはビクリと肩を揺らす。こめかみから汗が流れた。
「ああ、そのはずだ。ギャラリーの展示品を盗んで逃げたとして、あちらも警備隊を呼んでいる頃だろう」
二人の会話を聞いて、メルは全身が汗ばむのがわかった。
(あの毒を入れた香水瓶をわたしが盗んだことにするっていうの?)
皇帝暗殺を企てた皇太子は自分に足がつかないように愛人に毒を用意させる。公爵邸に仕える愛人は、もしものときは公爵に罪をなすりつけられるように公爵邸の香水瓶を盗む。それを近衛隊長に渡して、皇帝を毒殺してもらう。
その密会現場をたまたま怪しんだ商人が警備隊に通報。同じ時期に公爵邸でも香水瓶が盗まれたと通報。証拠を押さえられた三人の罪は確定する。
見えてきたのは、そういう筋書きだった。
(自分の権力欲のために、冤罪で三人の人間を抹殺する気なんだわ。なんて恐ろしいの)
自分や皇太子が陥れられる未来がひたひたと迫っている。メルはその現実に身震いした。
(この香水瓶と小箱は絶対に公爵たちにも警備隊にも渡せない。あちらの手に渡ったら身の破滅だわ)
カイを頼りたいが、カイに会える報告会は明日だ。公爵の陰謀の証拠として香水瓶と小箱を渡したかったが、どうやらムリそうだ。公爵邸に戻っても盗人扱いされることがわかっている以上、あの邸へ近づくことは危険だ。
(こうなったらわたしたちを陥れる偽の証拠を隠滅するしかないわね。香水瓶は粉々に割ればいいとして、箱のメッセージはどうしようかしら。水につけてインクをにじませるとか?)
カフェに行って水をもらいたいが、残念ながら今のメルは無一文だ。この近くに川はあっただろうか。
「仕方がない。女だけを警備隊に突き出そう」
不穏な発言にメルは硬直した。
「しかし、それでは計画に狂いが」
「計画ならもう狂っている。隊長をこの場で捕らえられないのは残念だが、女と小箱の存在が隊長と皇太子を追い詰めてくれるだろう」
「それもそうですな。では警備隊に女を捕まえてくれるようお願いしてきましょうかね」
二人は会話を終え、メルを捕らえさせるために警備隊の元へ向かっていく。その後ろ姿を確認して、メルは通用門へとそろりそろり進んだ。
やっと門を抜け、左へと足を踏み出したところで、メルは一瞬迷った。
このまま左に進めば、大通りに出る。人ごみに紛れてしまえば逃げ切れるかもしれない。だがそれと同時に玄関の近くも通るため、二人の男や警備隊に捕まる可能性も高かった。
反対の道を行けば表通りから一本入った裏道になるため、人ごみに紛れることはできないが、玄関付近を通らないため捕まりにくいかもしれない。
(どうしよう。小箱の破棄もしたいし、どっちにいけば助かるの)
その一瞬の迷いが仇となった。
「そこの女」
その低い声にメルの両肩と心臓が跳ねた。おそるおそる振り返れば、そこには先ほど玄関へとむかっていた副隊長がこちらを見据えていた。
「おまえは……」
(やばい!)
メルは弾かれたように走り始めた。足は勝手に裏通りへと向かって駆けていく。
「ま、待てっ!」
裏通りは表通りに面した店舗の背面にあたるため、この通りに用事がある人はいるはずもなく。メルは助けを求めることもできず、夢中で走った。
だが、悲しいかな。メルがいくら全速力で走っても現役の近衛副隊長を振り切ることはできなかった。
「このっ、待たんか!」
「きゃあ」
髪を鷲づかみにされ引っ張られてしまい、メルは痛みに悲鳴を上げた。




