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20.公爵一味の罠

 

「警備隊です。こちらに怪しい女がいると聞いたので確認に来ました」


 部屋の扉を開けてこっそり玄関の様子をうかがっていたメルの耳に聞き捨てならない会話が飛び込んできた。

 この邸にいる女はメル一人だけだ。


(どうしてわたし?!)


 メルはここに連れられてきてから、ずっと部屋の中にいた。怪しい動きなど一切していないのに。


(もしかして小箱を開けたところを見られちゃったとか? それで怪しいって思われた?)


 困惑しながらも成り行きを知りたくて聞き耳を立てる。


「そうなんです。女が身分違いの秘密の恋人と逢引をしたいと言ってきましてね。それならとこの場所を貸したんですが、どうも様子がおかしいんですよ」


 メルをこの邸に迎え入れた髭の男が警備隊に訴えかけた。


(ちょっと待ってよ。秘密の恋人って何? わたしがこの邸を借りたことになってるの?)


 髭男の作り話にメルは唖然とする。


「様子がおかしいとは?」

「挙動不審なんですよ。怪しげな小箱を抱え持っていましてね。あたりをキョロキョロと見回して警戒した様子で部屋に入っていきました」


 さらに髭男が作り話を盛るのを聞いて、扉をつかむメルの手がわなわなと震えてきた。


(なに言ってるのよ! 小箱はもとからこの部屋にあったじゃない!)


 あんな嘘をついて髭男はどういうつもりなのだ。

 憤るメルをよそに、髭男は警備隊に女への不信感を語っていく。


「あやしい小箱ですか」

「ええ。もし麻薬の類だったらと危惧しましてね。私の貸した部屋で麻薬の売買でもされては困りますからね。万が一を考えて警備隊の方々をお呼びたてした次第です」


 さも善人な一市民の顔をした髭男は、メルを陥れる作り話を堂々と警備隊に語ってみせた。

 メルの心拍数が徐々に上がっていく。先ほどまでは怒りによって。でも今は危機感によって心臓がバクバクと激しい音を立てていた。


「では女が持っていた小箱を確認しよう。女がいる部屋はどこですか」

「い、いえ。少しお待ちください」


 警備隊の発言に被せるように焦った髭男の声がした。


「女の恋人が間もなくこの邸に来る予定です。その男が黒幕かもしれないので、そいつが来てから一緒にとらえてください」

「まずは女の持ち物が本当に麻薬なのか調べてみないことには」


 冷静にもっともな発言をする警備隊に、髭男はさらに焦って発言をかぶせていく。


「いえいえ! 女を調べているところに男がやって来たら、そいつは逃げてしまいますよ。調べるのは男が来てからでお願いします。もし男が逃げたら、通報した私は逆恨みされてしまうかもしれませんからっ」


 髭男と警備隊の会話からメルは自分の推理が半分当たって、半分外れていたことを悟った。


(公爵がこの小箱を使って皇太子と近衛隊長を罠にハメようとしているのは当たりね。でも……)


 メル自身の役割が外れた。メルの役割は、皇太子が皇帝を毒殺しようとする陰謀の発見者ではなかった。暗殺用の毒を近衛隊長に届ける役割がメルだったのだ。


(身分違いの秘密の恋人っていうのは、きっとわたしが皇太子の愛人かなにかで、皇太子の寵に目がくらんで毒の受け渡し役を引き受けたっていう所じゃないかしら)


 公爵はそういうシナリオを描いているに違いない。だからこの場所にメルが必要だったのだ。おそらく近衛隊長のことも何か理由を付けてこの場所に呼び出しているのだろう。メルと近衛隊長と毒の小箱。それらがそろったこの部屋に警備隊を踏み込ませるつもりだったのだ。メルたちがいくら知らないと言っても、毒まであれば信じてもらえなくても仕方がない状況だ。


(くやしいっ! 公爵は最初からわたしを捨て駒にするつもりだったんだわ)


 メルはそっと扉から離れると小箱を取りポケットに入れようとした。だが箱がかさばり入り切れない。仕方なく香水瓶を取り出して右のポケットに入れると、箱を床に置いた。そして箱に足をかけ、思いっきり体重を乗せる。無残にもべしゃりとつぶれた小箱を拾い、反対のポケットへと入れた。


(とりあえず、毒が入った香水瓶と、暗殺依頼が書かれた小箱が見つからないようにしなきゃ)


 できればカイに公爵たちの陰謀の証拠として渡したい。


(その前に、ここから抜け出さないとね)


 扉からそっと玄関の様子を伺えば、髭男と警備隊がまだ話し込んでいた。メルは部屋の中へ戻ると窓を開けた。ギィーと錆びついた音が響き、メルは焦って振り返る。様子を伺うが、誰もこちらに来る気配はない。どうやら玄関までは音が聞こえなかったようだ。

 メルはスカートをまくり上げ、窓枠に足をかけると庭へと飛び降りだ。


(ここが一階でよかったわ)


 生い茂った雑草がクッションになってくれたのも助かった。メルは立ち上がると玄関とは反対側に歩き始めた。


(そこそこの規模のお屋敷だし、使用人用の裏門があるはず)


 あたりを警戒しながら歩いていくと、メルの読み通り小さな門が見つかった。


(よかった。逃げ切れる……って、あー。ちょっと厳しいかな)


 ホッとしたのも束の間。使用人が使う通用門があるにはあったのだが、位置関係が悪かった。髭男や警備隊がいる玄関の左奥に位置しているため、男たちがもし振り返れば、メルの姿が見えてしまうのだ。庭の手入れがされていないため、草木が生い茂っていて通用門まではなんとか隠れて辿り着けそうではあるが、門自体に目隠しはないため姿が丸見えになってしまう。


(髭男たちが邸の中に入ってくれたらいいんだけど)


 残念ながらメルの思いは通じず、男たちは玄関で話を続けていた。


 メルが玄関の様子を伺いながら逃げるタイミングを計っていると、玄関前に一台の馬車が止まる。細身だが上背のある男が降りてきた。


(うわー。また人が増えちゃった)


 すぐそばに出口があるのに逃げ出せない。メルは心の中でうめいた。




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