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19.毒殺依頼

 

 メルは床に落ちた蓋を拾い上げた。

 蓋の裏には小さな文字で走り書きがされてある。


(何かしら? こんな場所にメモをとるなんて)


 小さな文字で読みづらい。目を細めて読み始めたメルはこれが手紙になっているとわかった。冒頭の宛名を読み、驚きのあまり声を上げそうになる。


(えっ……アルトマン近衛隊長宛のメッセージ?!)


 どういうことだろう。メルはいぶかしく思いながらも先を読み進める。


『この瓶に入った薬を皇帝の寝室の水差しへ入れること。そうすれば私の即位がより早まるだろう。父亡き後、私は立派な皇帝として国を治めてみせる。あなたにも今以上の地位を約束しよう。あなたの働きを期待している』


 メッセージの最後には「カレ」と署名がしてあった。


(カレって……たしか皇太子殿下の名はカールハインツで、愛称はカレじゃなかった?)


 ということは、これは皇太子から近衛隊長へ、皇帝暗殺の依頼をするメッセージになってしまう。たしかに近衛隊長なら何かしら理由を付けて陛下の寝室に入ることは容易いだろう。今日ここに近衛隊長が現れて、この香水瓶を持ち帰ったら陛下は暗殺されてしまう?!


(うそでしょ?! ……って、落ち着けわたし。よく考えるのよ)


 あまりの内容に驚いて、陛下毒殺依頼を一瞬信じそうになってしまった。


(いやいや、おかしいでしょ。なんで公爵家にあった香水瓶に皇太子殿下が毒を入れられるのよ)


 どう考えても公爵の罠だろう。

 皇帝は皇太子に自分の政務を段階的に移行しているという話だし、あと数年もしたら譲位されると思われている。ここで皇太子が焦って皇帝を毒殺する理由がないのだ。


(あと数年で譲位されるからこそ、第二皇子を推したい公爵は焦っているんでしょうけど)


 それに近衛隊長も皇帝暗殺に加担するメリットがない。蓋の裏に書かれていたメッセージには、彼の昇進を約束する言葉が綴られていたが、近衛隊長は役職的にこれ以上昇進しようがないのだ。

 ここに来るまでは近衛隊長が皇太子を裏切っているのかどうか判断に迷っていたが、これを見る限り、近衛隊長は皇太子の味方だろう。


(公爵の仲間には近衛副隊長がいたし、おそらく邪魔な隊長と皇太子殿下を一緒に冤罪にかけるつもりなんじゃないかしら)


 公爵はあらかじめ香水瓶をこの邸にいた男に渡しておいて、男が毒と偽のメッセージがかかれた箱を用意した。そしてこのテーブルに置いておいて、お土産と称して近衛隊長に持ち帰らせる。


(ん? でも変ね。これが近衛隊長の手に渡ったら、こんなヤバいものは即刻破棄するでしょ。いやそれよりも公爵たちの陰謀の証拠として厳重に保管しそうかも。そうなったら逆に追い詰められるのは公爵の方よね? 公爵がそれに気づかないとも思えないけど……)


 公爵としてはこの小箱の存在を大々的に広めたいはずだ。それなら近衛隊長が現れるこの場に置いておくよりも、目立つところに置いておいて誰かに拾わせた方がよっぽど噂になる。そのほうが皇太子に不利に働くのではないだろうか。


(いったい何のためにこの小箱がここにあるの? ていうか、そもそもわたしがここに居る必要はあるの?)


 すっかり忘れていたが、メルは公爵に頼まれてここに来たのだ。


(近衛隊長がわたしに一目惚れしたから会いたがっている、っていう話はどうせウソよね。そうまでしてわたしをここに居させる意味がわからないわ)


 皇太子と近衛隊長を罠にかけるための小箱が用意された部屋。そこにメルがいるのは何らかの意味があるはずだ。


(わたしにこの小箱を発見させようって魂胆かしら? だったら成功ね。まんまと見ちゃったし。もしわたしが何も知らない普通の侍女だったとして、この小箱のメッセージを読んだらどうするかしら?)


 まずは驚くと思う。そしてこのあと近衛隊長に会うのが怖くなるに違いない。だって皇帝暗殺を企むような人だから。


(そうしたら逃げようとするんじゃないかしら。公爵の願いで会うはずの約束をすっぽかすワケだから、この小箱を持ち帰って公爵に訴えるのよ。こんな恐ろしい企みをする人とは怖くて会えませんって)


 こうして公爵はメルという第三者の手によって皇太子を陥れる証拠品を手に入れるのだ。少々回りくどいようだが、公爵本人が見つけたというよりも別の人間が見つけたといったほうが信憑性は高まるだろう。


(なかなかの名推理よね? このあとはどうしよう)


 この小箱を公爵邸まで素直に持って帰ると、皇太子を罠にハメる協力をすることになってしまう。


(この小箱に気付かないふりをして帰れないかしら)


 それだと、この邸の男にお土産と言って持たされそうだ。なんとかこの小箱が公爵の手に渡る前に闇に葬るか、カイの手に渡るようにできないだろうか。


(いや待って。わたしは何も知らない侍女じゃない。この香水瓶が公爵家のものだって知ってるのよ。もし公爵がこれは皇太子が用意した毒だと言い出しても、わたしがその香水瓶は公爵家にありましたって証言したら? 立場が悪くなるのは公爵の方よね)


 しかし一侍女でしかないメルの発言がどこまで通るかはわからない。小箱を前にああでもないこうでもないとメルが悩み始めてどれくらい経っただろう。にわかに玄関の方が騒がしくなってきた。


(近衛隊長が到着したのかしら?)


 それにしては一向にこちらに来る気配がない。玄関で話し込んでいるようだ。気になったメルはこっそり扉を開けて外の様子を伺った。


「警備隊です。こちらに怪しい女がいると聞いたので確認に来ました」


 どうやらやって来たのは近衛隊長ではなく、警備隊だったらしい。しかもこの邸に怪しい女がいるなんて――。


(えっ、それってまさかわたしのこと?!)




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