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18.近衛隊長と逢引

 

 ゼーバッハ公爵が用意した馬車に乗り込み、メルは近衛隊長が待っている場所へと向かう。


(この馬車、公爵家の紋章がついてなかったわ)


 いくら公爵の頼みで出かけるとはいえ、たかが侍女に公爵家の立派な馬車を出してくれたりはしないだろう。だが、この馬車は使用人用の控えめな装飾の馬車とも違っていた。


(なんというか、目立たないように特徴を消した馬車って感じがするわ)


 貴族が所有している馬車というのは、大きさや装飾を見れば、だいたいどのランクの貴人が乗っているのかがわかるようになっている。馬車の立派さは権威の象徴でもあるからだ。だから家紋を入れていたりもするのだが。

 お忍び用にあえて使用人が使うような目立たない馬車を使用する場合もあるにはある。だがその場合でも、シンプルながらも上質な作りで格の違いがわかるようになっていた。


(公爵家が所有している馬車とは思えないのよね。まるでどこかから借りてきたみたい)


 メルを乗せた馬車はゆっくりと貴族の邸が立ち並ぶ通りを走っていく。近衛隊長が待っているとだけ聞かされて馬車に乗せられたので、メルには行き先がわからなかった。そのことが不安を大きくしていた。


(だんだんと立ち並ぶお屋敷の規模が小さくなっていくわね。ということは、貴族街から出るつもりなのかしら。怪しすぎるでしょ……)


 近衛隊長となるくらいの人なら、おそらくは高位貴族の出だろう。貴族のデートなら中心街の店に案内されるのだろうとメルは思っていた。もしくは人目のある公園を一緒に歩くとか。未婚の女性を誘うなら、人通りが多い場所に誘うものだ。


(侍女が相手だから人目に付きたくないとか? 正式な相手としてじゃなくて遊び相手として目を付けられたならあり得るかも)


 もしそうならメルの身が危うい。二人きりになるのは絶対に回避しなければ。


 メルがそんな決意をしているうちに、馬車は速度を落とし、ある屋敷の前で止まった。

 御者の手を借りて馬車を下りると、そこはカフェでも店でもない、ただの古びた屋敷だった。


(え? ここ?)


 メルが呆気にとられている間に、馬車はサッサと帰ってしまった。


(え、ちょ、待ってよ。ここでお茶するの?)


 戸惑うメルに、邸から出てきた男がニコニコと声をかけてきた。


「公爵家の侍女様ですね! ようこそお越しくださいました。今か今かとお待ちしておりましたよ」


 丸眼鏡に口髭をたくわえた男は大げさに歓待の意を示した。


(この人……、どこかで会ったことがあるかしら? なんだか引っ掛かるわ)


 困惑しているメルの様子などお構いなしに、男はメルの手を取ると邸の中へと促す。


「ささ、こちらへ。本日は貸し切りですので、どうぞ遠慮なさらずに」


 男から少々強引に手を引かれ、邸の一階にある奥の部屋へと通された。


「どうぞ、こちらへおかけください。いま紅茶をお持ちしますからね」


 男はいったん部屋を出たあと、すぐに戻ってきて自ら紅茶を用意してくれた。そしてニコニコ笑いながらも残念そうに眉を下げるという器用な真似をしてメルに話しかけた。


「侍女様。近衛隊長様はまだお越しではないのです。女性をお待たせして大変申し訳ないのですが、もうしばらくここでお待ちください」

「……はい」


 メルは静かにうなずいておいた。いったん一人になって考えをまとめるには好都合だった。


(ていうか、何なのここは?! 絶対カフェじゃないわよね)


 男から部屋へ案内されるときに、気付かれないように邸内を見渡してみたのだが、どうも人気が無い。あの男は貸し切りだと言っていたが、もともと人が使っていた場所には見えなかった。


(たぶん空き家だったんじゃないかな、ここ。なんだか全体的に殺風景なのよね)


 玄関からここに至るまで花や絵画で飾られているわけでもなく、ただ掃除をして綺麗にしておきました、という感じなのだ。唯一この部屋のテーブルにある花も一輪だけで、その場しのぎ感がハンパない。


 メルは部屋をぐるりと見渡した。メルが座っているテーブル席だけがポツンとあり、あとは何もない。窓から見える景色が素晴らしかったらまだいいのだが。良く言えば自然な美しさのある景色であり、悪く言えば雑草と花が入り乱れる荒れた庭だった。


(本当にここでお茶をするの? ここを近衛隊長が指定したの?)


 テーブルに視線を戻すと、そこにはこの部屋にそぐわないほどピンとアイロンのきいた真っ白なテーブルクロス。一輪の花。先ほどの男が淹れてくれた紅茶。そして隅の方に小箱が置いてある。


(せっかく紅茶の香りはいいのに、あの男が淹れたと思うと怖くて飲めないわ)


 しばらく大人しく待っていたが、近衛隊長は現れない。

 メルはだんだん待つことに飽きてきて、テーブルの隅にある小箱を手に取った。


(テーブルに置いてあるってことは、お茶菓子かしら。隊長が来るまでは取っておいた方がいいんだろうけど、中身を見るくらいならいいかな)


 リボンや紐などで封をしているわけでもないので、ちょっと中身を確認して、また閉めれば大丈夫だろう。メルはそんな軽い気持ちで小箱のふたを持ち上げた。


(え……これって)


 小箱に入っていたのはお茶菓子ではなかった。

 そこに入っていたのは香水瓶だった。しかもただの香水瓶ではない。


(これ、ブルーノ様が子どもの頃に割ってしまったやつだ)


 キャップの蝶飾りの羽を割ってしまい、修復したけれどバレて怒られたと言っていた、あの香水瓶が箱におさめられていた。


(どういうこと? 公爵家のギャラリーにあったものが、なんでここにあるの?)


 ただの類似品かもしれない。そう思い、箱から香水瓶を取り出して左羽の先をよく見てみる。香水瓶を回し、角度を変えてみていくと、うっすら修復した線が入っているのがわかった。


(やっぱりブルーノ様の言っていた香水瓶だわ。公爵家の香水瓶がここにある意味は何なの……?)


 公爵から近衛隊長への贈り物だというのなら、メルが邸を出るときに持たされるはずだ。だが、これはメルがこの部屋に来る前から置いてあった。ギャラリーに飾るくらいだから、それなりに価値のあるもののはずなのに、なぜ。


(なんだか嫌な予感がする)


 唐突な公爵からのお願い。皇太子サイドの近衛隊長との逢引き。貴族街のはずれにある空き家。何かが引っかかる男。公爵家の香水瓶。


(おかしい。何かがおかしいのよ。……いえ、はじめから全部おかしかったの?)


 そもそも近衛隊長がメルを晩餐会で見初めたということ自体がおかしいのだ。

 たしかにメルも晩餐会の手伝いをしていたため、そんなことがあるのかと半信半疑ながらも納得してしまった。


(わたしがやっていたのって裏方の仕事だったじゃない)


 見目の良い者をサロンスタッフとして給仕させる家もあるが、公爵家の場合は違う。お客への給仕は粗相がないようにベテランの使用人がやるのだ。


(あの場でわたしを見初めるなんて、はじめから使用人に手を出すつもりで隅々まで目を凝らしてないと無理な話なのよ)


 そもそも近衛隊長は本当に公爵家の晩餐会に来ていたのだろうか。近衛隊長が皇太子サイドの人間だということは公爵も知っているはずだ。


(そんな人間を晩餐会に呼ぶ? 近衛隊長は実は公爵の仲間で、皇太子の元にスパイとして近づいていたというの?)


 メルの脳裏に近衛隊長を信頼しているカイの顔がよぎり、胸がキリキリと痛む。


(いえ、なにか理由があるのかも。公爵を油断させるために仲間のふりをしているとか)


 このあと、近衛隊長がここに現れたとき、メルはどうしたらいいのだろう。

 カイの味方ならそれでいい。でも公爵の仲間だったら?


 いつのまにか手が震えていた。テーブルに置いていた蓋に当たり、床に落としてしまった。


(いけない……え、これは……)


 床に落ちてひっくり返った蓋の裏には、メッセージが隠されていた。





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