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16.公爵邸~証拠発見~

 

 公爵の自室で一人になったメルは、まずはお酒の入ったキャビネットの掃除から始めた。


(お酒の量が減ってる……。さすがに毒入りのワインじゃなかったか)


 毒入りのお酒を用意して、それを皇太子に送り付けるつもりではと推理してみたのだが、ふつうに自分用の寝酒だったようだ。


 気を取り直して、ローテーブルを拭いた後に、机へと近づく。ローエから引き出しを開けるなと言われていたが、開けるなと言われたら興味がなくても開けたくなるのが人情だ。

 メルは机の上を拭いてから、引き出しの表面を拭き始める。そして引き出しの取っ手を掴み、そこも丁寧に拭いていく。


(取っ手を拭いているときに、力加減を誤って引っ張ってしまうことはあり得るよね。それでうっかり開いちゃっても仕方ないよね)


 メルは万が一見つかったときの言い訳を考えながら、取っ手を拭く手に力を込めた。


(……あれ、開かない。もしかしてカギがかかってる?)


 よく見たら引き出しの上部にカギ穴が付いていた。


(あぁー! 緊張と興奮のあまり、見落としてたわ)


 メルはせっせと抽斗を拭きながら、がっくり肩を落とした。


(カギがかかってるなんて、ますます怪しいじゃない。うぅっ。怪しいものがそばにあるのに探れないなんて!)


 恨めし気に引き出しをにらんでから、メルは本棚の掃除に移ることにした。

 本棚の隅から隅までぎっりしと詰まっているが、本当に読んでいるのだろうか。


(あ! もしかして……)


 メルは幼いころに読んだ冒険譚を思い出した。

 主人公が悪い伯爵につかまって部屋に閉じ込められたときに、本棚の本を触ると、その本棚が横にズレて秘密の通路が現れるのだ。


 メルは手あたり次第、本を触ったり押したりしてみたが、まったく動く気配はなかった。


(やっぱりダメかぁ。たしかにこんな重い本が詰まってたら、動くわけないわよね)


 本棚の一番下には分厚い辞書や図鑑が並べてある。貴族は見栄を張る生き物だ。実際は読まないけれども、インテリアとして並べておくという者も多い。

 メルは本の上部に埃がたまらないようにハタキをかけていく。最下部の辞書が並べてある場所は、本の背が高すぎてハタキをかけづらかった。


(これ、絶対読んでないのに。実は表紙だけ立派で、中身は春書だったら笑えるわね)


 そんな悪態をつきながら、最下部の本を一冊ずつ取り出しては埃を払っていく。分厚いだけあって、なかなかに重かった。片手で支えながら埃を払うのが難しく、バランスを崩して本を落としてしまった。


(しまった! 折れてないわよね……って、え?!)


 落としたはずみで本の表紙が開き、中のページが見えた。

 なんと、その本はページの中央部分がくり抜かれていた。くり抜かれて空洞になった部分には何やら折りたたまれた用紙が埋め込まれている。


(ちょっと、ちょっとー! ホントに春画を隠してたりして?!)


 メルはおそるおそる用紙を取り出すと、丁寧に開いていく。用紙の内側には絵ではなく文字が並んでいた。


(手紙かしら……。え……これって?!)


 現れたのは春画ではなく手紙だった。ダニエル・ブロンという男から公爵に宛てたもので、現体制への不満がダラダラと書き綴られている。皇帝や皇太子ではダメだ。第二皇子の治世を期待して公爵に協力したい旨が記されていた。


(見つけた……! これ、公爵に加担する仲間の手紙だわ)


 ダニエル・ブロンという男がどういう立場なのかメルは知らない。だが手紙の内容から推測するに、皇帝や皇太子と直接会話できる立場であることがうかがえる。皇太子暗殺計画の決定的な証拠とするには弱いかもしれないが、そこはカイがなんとかするだろう。


 メルはお仕着せワンピースの胸元を開くと、そこに小さく折りたたんだ手紙を入れた。ポケットに入れて落とした時のことを考えると、胸の中が一番安全に思えたのだ。

 それから仕事を覚えるために使っていたメモ帳を取り出すと、数枚破って折りたたみ、手紙の代わりに本の中に埋め込んだ。


(これでパッと見は手紙がまだあるように見えるわよね)


 おそらく公爵は万が一ダニエル・ブロンが裏切ったときのための保険として、この手紙を残しているのだろう。だからその万が一が起らないかぎりはこの手紙を取り出そうとは思わないはずで、それまでは手紙を持ち去ったことはバレないだろうとメルは期待した。


 早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら掃除を終えたメルは必要以上にそっと公爵の部屋を出た。


「ティナ・アーベル」

「ひゃっ」


 突然低い男の声で名を呼ばれたメルは飛び上がらんばかりに驚いた。


(バレた?! もしや見られてた?!)


 一気に血の気が引いたメルは、それでも何とか平静を保って振り返った。


「あ」

「大丈夫か。顔色が悪いが」


 そこにいたのはブルーノだった。

 さすがは親子。公爵と声質が似ているため、完全にバレたかと思った。


「だ、大丈夫です。ブルーノ様はわたしに何か御用ですか?」

「ああ。あれからバラ細工のことで叱られなかったかと気になってな」

「それで、わざわざ声を? ありがとうございます。ブルーノ様のおかげでバレませんでしたから。弁償もクビもなく無事に過ごせています」

「そうか。俺の場合は大丈夫だと思った後に、バレて叱られたから、お前のことも気になっていたんだ。大丈夫ならよかったよ」


 色々あってメル本人すら忘れていたのに、こうして心配して声をかけてくれるなんて。ブルーノの優しさに胸がジンとする。


「このあとは晩餐会の手伝いに行くんだろう? 頑張れよ」


 メルの中でブルーノの好感度がグンと上がった。

 最初はヒヤリとしたものの、彼のおかげで高ぶっていた神経が落ち着いてきた。去っていくブルーノの背を見送ってから、メルは仕事に向かった。






 その翌日。

 報告会でメルはカイに例の手紙を渡すことができた。


「その手紙、証拠になりそう?」

「ええ。まさかダニエル・ブロンが仲間だとは思いませんでした。まじめな男だと思っていたので」

「その人、どういう立場の人なの?」


 カイがショックを受けた顔をしている。そんなに重要な人物だったのだろうか。


「彼は近衛副隊長です。今は第二皇子の護衛についていますが、一年前までは私の護衛を担当していました。親が病気になり兄弟で支えたいということで、激務の私の元よりも、まだ社交も公務もない第二皇子の元の方が休みを取りやすいだろうと移動を希望したのです」


 なんと、皇太子から第二皇子へと近衛の任務を乗り換えていたとは。理由だけ聞くと、親孝行の真面目な人間に思えてしまう。そんなところにダニエル・ブロンという人物のずる賢さを感じた。


「こうなると本当に親が病気なのかも怪しいわね」

「そうですね。ですがメル様が手に入れてくださった手紙のおかけで、彼が第二皇子を次の皇帝にしようと企んでいることは確定しました」

「あとは公爵よね。あの手紙だと公爵が皇太子暗殺を企てているかまではわからないものね」

「それについてはダニエル・ブロンのほうを探ってみます。彼らは利害関係で結ばれているだけで信頼関係はないでしょう。ダニエル・ブロンも公爵から裏切られないために、彼の弱みとなる手紙や指示書を隠し持っている可能性が高いですからね」


 ダニエル・ブロンのほうはカイに任せておけば大丈夫だろう。メルが見つけた手紙が役に立つようで良かった。

 ホッとするメルを見て、カイは心苦しそうに話をつづけた。


「公爵邸から手紙を持ち出した以上、公爵にバレる前にメル様を邸から連れ出したいのですが、実はまだ問題があるのです」

「問題?」

「はい。ダニエル・ブロンが皇太子殿下の護衛を離れて以降も、皇太子殿下の動向が公爵に流れているのです。この一年、皇太子殿下の護衛は殿下本人だけでなく近衛隊長の目から見ても信頼できるものを置いています。ですから密通者は、おそらく4人の側近の中にいるはずです」


 すぐに公爵邸から抜け出せば、わたしが怪しいですと言っているようなものだ。だからメルはしばらく公爵邸にとどまることに異存はなかった。それよりも気になるのが、側近の中に裏切者がいる話だ。


「その側近には公爵家のブルーノ様も入っているのよね?」

「ええ。彼ではないと願っているのですが」


 メルが壊したバラ細工のことがバレて叱られなかったか、ずっと気にかけてくれるほど優しいブルーノ。立場的には公爵の息子であるブルーノが一番怪しくなってしまうが、メルもカイと同じく彼が密通者ではないと信じたい思いだった。


「メル様が公爵邸から抜け出すのは密通者が見つかったあとになります。突然公爵邸から消えたあなたを密通者が狙うということになってはいけませんから」

「うん、わかったわ。しばらくは大人しく侍女生活をしてる」


(証拠となる手紙はカイに渡せたし、今後の方針も話し合えたし。とりあえず、一安心かな)


 メルは大きな仕事がひと段落したような気持ちになって公爵邸へと戻っていった。



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