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15.公爵邸~カイと手荒れ~

 


「――ということがあったのよ」


 今日は週に1度の休みの日。

 メルはカイと会って近況報告をしていた。


 ゼーバッハ公爵の私室に入れるようになったものの、まだ一人になれるチャンスがなく、公爵が皇太子暗殺計画を企てている有力な手掛かりは掴めていない。


「せっかくシーツ交換で部屋に入れてるんだけど、ベッドルームには何もなさそうなの。やっぱりデスク周りが怪しいと思わない? そこを調べられたらいいんだけど、まだ私一人では入室できないのよね」

「メル様。お気持ちはわかりますが、どうか慎重にお願いします。あなたを危険な場所に行かせているだけでも心苦しいのに、それで怪しまれることになったら何をされるかわからない」

「もちろん、危ないマネはしないわよ」


 カイがあまりにも心配そうにするので、メルはひらひらと手を振って無茶なことはしないと笑って伝えた。そのメルの手をカイが捕まえる。


「前回お会いした時に気づきましたが、やはり手が荒れていますね。本来なら掃除やシーツの交換などする立場の方ではないのに」

「大丈夫よ。手荒れなんて、お手入れすればいずれ元に戻るし」

「あなたならそうおっしゃるのではないかと思っていました」


 メルの手を握ったまま、カイは眉を下げて微笑んだ。そしてポケットから小さな容器を取り出すと、器用に片手でふたを開けた。


「それは?」

「手荒れに効くというオイルですよ」


 カイは自分の手のひらにオイルをのせると、それをメルの指先に伸ばし始めた。指の一本一本に丁寧にすり込んでいく。


「ちょっ、カイ?!」

「皇太子のためにメル様が頑張ってくださっているのです。私にもあなたのためにこれくらいさせてください」

「えー、じゃあオイルだけちょうだい。自分で塗るから」

「ええ、もちろん。オイルはあとでお渡しします。ですが今は私にあなたの手を労わらせてください。そうしたらあなたを危険にさらしている私の罪悪感も少しは薄れますから」


 そう言われたらうなずくしかない。メルは黙ってカイに手をあずけた。

 丁寧にオイルを塗り込んでいったカイは、メルの両手を挟むように自身の手を重ねた。


「カイ?」

「シュテフィ様から聞きました。オイルを塗った後に蒸しタオルでパックすると良いと。今日は蒸しタオルがないので、私の手で温めます」


 カイの体温が手のひらから伝わってくる。こんなふうに異性と触れ合ったことのないメルはソワソワと落ち着かなくなってしまった。


「まだ?」

「まだですね。オイルが浸透するまでですよ」


 チラリとカイに視線を向ければ、優しく微笑まれ、さらに手を握り込まれる。いつもよりカイから出る空気が甘い気がして、メルは視線を泳がせた。


「そ、それにしても、公爵家の次男に見つかったときは驚いたわ。あの家の長男もそうだけど、部屋にこもっているか仕事に出かけているかで、邸内ではほとんど見かけないから印象が薄かったのよね」


 二人を包みこむ甘い空気を変えたくて、メルは話題を絞り出した。

 カイもメルの意図に気が付いたのか、一瞬苦笑を浮かべたものの、話に乗ってくれた。


「そうでしたか。長男もそれなりの権力欲はある方だと思いますが、計画に関わっているのかはハッキリしていません。ですが次男は皇太子殿下のご学友で現在も側近として仕えていますよ」

「なんだか意外ね。怪しい動きのある公爵家の人間を皇太子殿下の側近に迎え入れるなんて。まあ、ブルーノ様本人はいい人だったけど」


 次男だから自由に育ったのだろうか。貴族にありがちな傲慢さが少しもなく、使用人のメルにも親切だった。おかげで公爵に目を付けられることも、クビになることもなく助かったので、メルの中でブルーノは良い人に分類されていた。


「ええ、皇太子殿下はブルーノ本人の資質を見て側近にと決められたんです」

「信頼なさってるのね」

「はい。彼は公爵が後妻に生ませた息子なのですが、公爵本人や先妻の息子とはあまり折り合いが良くないようで……。そのおかげと言っては何ですが、公爵や長男が持っている権力欲とは無縁に、まっすぐな性格に育ってくれた。政務も実家に有利になるようなことはせず、誠実に取り組んでくれています」


 やはりブルーノはメルが感じたように良い人だったようだ。皇太子も彼の誠実さを信頼なさっているらしい。


「ブルーノが公爵の罪に巻き込まれるのを防ぐためにも、この件は内密に進めて処理したいのです」

「そうよね。わたしも何か情報を掴めるよう注意しておくわ」

「ありがとうございます。ですが、決して無理はなさらないでくださいね」


 カイはメルの手をギュッと握ってから、やっと離してくれた。

 ホッとするはずなのに、自分の手を包む体温がなくなったことに寂しさを覚える。メルはそんな自分に戸惑った。


(ユリウス様……! 浮気じゃないからね。ちょっと……ちょっとだけ人恋しくなっただけだからね)


 心の中で盛大に言い訳をしつつ、メルは自分で自分の手を握り締めた。









 メルは今日もまたローエの手伝いで公爵の自室に入っていた。


(もうすぐ一週間かぁ。明日の報告会では特に話すことも無さそうね)


 前回はカイに手を握られて変な気分になってしまったが、離れてしまえばもう大丈夫だった。メルの役割は、公爵邸に訪れる人の中から陰謀に加担している仲間を見つけること。余計なことに気を取られている場合じゃないのだ。


 と、気合を入れなおしたのはいいものの、公爵の動きにも変化はなく、メルはいつもと変わらない侍女生活を送っていた。



「ローエさん。少しいいかしら」


 メルが公爵のベッドルームでシーツの交換をしていると、侍女頭がローエを呼びに来た。二言三言交わしたあと、侍女頭は慌ただしく戻っていく。


「ローエさん、何かあったのですか?」


 シーツ交換を終えたメルが話しかけると、ローエは困った顔をしてため息をついた。


「今夜の晩餐会のメニューを急遽変更することになったらしいのよ」

「今から変更ですか?」

「そう。取り寄せていたメイン食材が届かないのですって。うちは女主人がいないから侍女頭が晩餐会の采配をまかされているのだけど、変更内容で料理長ともめているらしくて」


 侍女頭が慌てていたのも無理はない。晩餐会となるとその会のテーマに合わせたコースにしたり、お客様の嗜好に合わせたり、前回来られた時の料理と被らないようにしたりと、色々大変なのだ。すでに仕込みが済んでいたものもあっただろうし、これは厨房も晩餐会担当の者たちも焦っているだろう。


「まあ。それは大変ですね。ここの掃除はわたしがやっておきますから、ローエさんは侍女頭の応援に行かれては?」

「でも……」

「侍女頭もローエさんに手伝ってほしくて呼びに来られていたんでしょう? 掃除は誰でもできますが、侍女頭の補佐はローエさんしか出来ませんし」


 迷うローエに、メルは彼女の自尊心をくすぐりつつ、罪悪感を減らす言葉をかけた。


「そうよね……。ではティナさんにここはお願いしようかしら。引き出しを勝手に開けないように気を付けてくれればいいから」

「はい。わかりました」


 メルは殊勝な顔をして仕事を引き受けると、侍女頭のところへ向かうローエを見送った。

 彼女の姿が廊下から消えると、静かに扉を閉める。


(やったわ! ついに公爵の自室で一人になったわ!)


 メルはくるりとは部屋を見渡した。

 机、ローテーブルとソファ、お酒が入ったキャビネット、壁一面の本棚。


(皇太子暗殺計画の証拠となるものって、何かしら。毒? 犯行計画書? 仲間からの手紙?)


 せっかくのチャンスだ。メルは掃除用に羽のハタキをもって部屋の物色をはじめた。




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