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12.協力します!

 

 カイを見ていて本人と目が合ってしまったメルは、観察していたことがバレたかと気まずい思いだった。

 が、「私の顔になにか?」とカイに蠱惑的に微笑まれ、メルは余計なことを口走ってしまう。


「そのカツラ、似合ってないですよ」

「えっ」


 カイの驚いた表情を見て、メルはしまったと口を押えた。

 先ほどのあれは自分の容姿が女性から好かれることを自覚している顔つきだった。「俺の顔に見惚れるなよ」と言わんばかりの口調だったため、ついムッとしてしまったのだ。見惚れてたんじゃないと言い返す代わりに、うっかりカツラについて言及してしまった。


 動揺するメルをよそに、言われた本人は窓辺に近寄り、窓ガラスに映る姿をまじまじと確認している。


「よくカツラだとわかりましたね。どのあたりがおかしかったのでしょうか?」


 長めの前髪を引っ張って、上目遣いで確認している姿は、どう見ても侍従の態度とは程遠い。皇女や王女がいる場で、自由に振る舞える者はそうはいないだろう。そういう所だよとメルは内心思ったが、今度は賢明にも口には出さなかった。


(たぶん皇太子殿下本人かな。……あれ? 彼の瞳の色、光が当たるとブルーグリーンになるんだ)


 シュテフィの後ろに控えていた時はグリーンの瞳だと思っていたけど、どうやら光が当たると青みがかって見えるらしい。


(……ユリウス様の瞳に似ている)


 メルが覚えているのは13歳までのユリウスだ。もしユリウスが成長したなら、こんな感じになったのだろうか。そう思うと心が痛い。メルはそっと胸を押さえた。


「メル様?」

「え? ああ、そうね。髪の色と比べて眉の色が薄かったから、カツラじゃないかと思ったの。別にそのカツラがヘンだとか、そういう意味ではありませんわ」


 侍従に対して答えているのに、皇太子に答えている感覚になり、口調に困る。メルの困惑が表情に出ていたのか、シュテフィがカイをたしなめた。


「もう、カイ。落ち着いて。あとで鏡を貸しますから。メル様、失礼しました」

「いえいえ」


 カイは気品があるのに、どこか憎めない空気をもっている。ユリウスに似た瞳のせいだろうか。放っておけない気分になるのだ。


「あの、皇太子殿下は大丈夫でしょうか。カフェの男たちは皇太子殿下を追い落とそうと狙っていました。犯人の目星はついているのですか?」


 メルの疑問にシュテフィとカイが目と目で会話をする。どうやらカイが話をしてくれることになったようだ。


「あのカフェにいたのは第二皇子の祖父にあたるゼーバッハ公爵と、彼が懇意にしている商人の男です。ゼーバッハ公爵はむかしから権力欲の強い男で、第二皇子を皇太子の座につけようと狙っています。皇太子殿下は幾度も危ない目にあっているのですが、確かな証拠がないために今まで捕まえられずにいるのです」

「皇太子殿下が狙われたのだから、もっと大々的に犯人捜しをできないの? そのほうがゼーバッハ公爵を牽制できるんじゃない?」


 ふつう皇太子殿下が襲われたら一大事件になりそうなものだが。怪しいとわかっているのに捕まえられないもどかしさにメルは眉を寄せた。


「それは皇太子殿下が禁止されています。捜査はあくまでも内々に進める予定です」

「え、どうして?」

「ゼーバッハ公爵は第二皇妃の父であり、第二皇子の祖父でもあります。第二皇子はまだ5歳。公爵の陰謀が公になれば、幼い皇子が巻き込まれることは避けられない。公爵の陰謀とは関係のない人たちを巻き込まずにすむようにと皇太子殿下は考えておられるのです」


 5歳の男の子が自ら皇太子暗殺を願うわけがない。カイの話しぶりだと第二皇妃も権力欲は無さそうだ。もしゼーバッハ公爵が皇太子暗殺未遂で捕まったら、第二皇妃も第二皇子も無事では済まないだろう。よくて母子が離されうえで修道院行きという結末か。自分の罪でもないのに、まだ5歳の子どもが母親と離されるなんて悲しすぎる。

 皇太子殿下は自分の身の安全と、弟皇子の今後を思って、板挟みになっているのかもしれない。


「じゃあ、このことを知っているのは」

「ここにいる我々以外は、皇太子殿下、近衛隊長とその部下3名になります」

「それだけなの?」

「ええ。皇太子殿下の警備が手薄にならざるを得ない状況で狙われたこともありまして。側近の中に密通者がいると思われます。誰が公爵とつながっているかわからない以上、うかつに人に頼れない状態なのです」


 カイのブルーグリーンの瞳がかげる。もどかしそうな、辛そうな、そんな色に変わっていく。それを見てメルの胸がギュッとなった。


「いいわ。それならわたしが協力してあげる」


 カイの姿がユリウスと重なって見えて、メルは思わず声を上げていた。


「メル様、それは……」

「ここまで話を聞いてしまったのだから、乗り掛かった舟ですもの。公爵はわたしの存在を知らないだろうし、情報収集くらいできると思うの」


 メルの発言を止めようとするシュテフィに力強く微笑んで見せてから、カイに向っても強気にアピールしてみせた。


「なにを言っているのです! やつらは権力のために人を殺めてもいいと考えている連中です。うかつに近づいては危ない」

「でも、皇太子殿下は困っていらっしゃるのではないの? 第二皇子殿下たちを巻き込んでしまうから公に捜査をすることもできないし、裏切者がわからず味方も少ないし。それじゃあきっと手詰まりになってるわよ」

「……たしかにメル様のおっしゃる通りです。ですがアバンダ王国の王女をこちらの都合で危険にさらすなどできません」


 メルを巻き込みたくない正義感と、解決のために味方が欲しい切迫感とのあいだで、カイが揺れているのがメルにはわかった。あともう一押しだ。


「実は皇太子殿下のためだけじゃないの。わたしが協力して陰謀が解決したあかつきには、皇太子殿下から見返りがほしいのよ」

「見返りですか?」

「うん。私が留学を終えて帰国した後に、困ったことになったら助けてほしいの」


 メルを巻き込む罪悪感を減らすため、皇太子のためだけに協力するわけではないと強調する。皇太子に協力することでメルにもメリットがあるのだともっともらしく告げた。


「それは命の危険があるかもしれない場所に飛び込んでまで手に入れたい見返りなのですか」

「そうね。わたしにとってはそう。詳しくは言えないけど、わたしの将来がかかった大切なことなの」

「……わかりました。メル様の申し出は正直なところ助かります」

「よかった!」


 カイがついに折れた。

 メルは思わずこぶしを握る。カイとユリウスが重なって見え、どうしても助けたくなったのだ。ブルーグリーンの瞳をどうしても放ってはおけなかった。


 それに、見返りを求めているのも本当のことだ。


(これで帰国した後に結婚を迫られても、また帝国へ逃げてこられるわ)


 もし父王からムリヤリ結婚させられそうになったら、皇太子パワーで匿ってもらえないだろうか。学院職員の仕事を斡旋してくれてもいい。


「カイ……。メル様はアバンダ王国の大切な王女ですのに」

「わかっています。危険をなくすことはできませんが、最大限の手立ては考えます」

「大丈夫。わたし、こちらには一人で来てるし身軽だから」

「……」


 助かるような困るような複雑な面持ちでいるカイが安心できるように、メルは力強くうなずいた。が、なぜか微妙な顔つきでため息をつかれて終わった。


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