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11.皇女とカイ

 

「急な誘いでしたのに、お越しいただけて嬉しいですわ」

「いえ。シュテファニー殿下にお招きいただき光栄です」

「わたくしのことはシュテフィとお呼びになって。わたくしもメル様とお呼びしているのですし」


 この学院ではメルの希望により、メルが王女ということを公表にしていない。だからシュテファニーもメルティナ殿下と呼ぶことを避け、愛称で呼んでくれているのだ。


「シュテフィ様、ありがとうございます」

「どうぞおくつろぎになってね」


 香り高いお茶とともに、ケーキが並べられる。それをみてメルは既視感を覚えた。わずかに首を傾げたメルに、シュテフィが微笑みかける。


「実はこのケーキ、そこにいる侍従が用意してくれましたのよ」


 シュテフィの言葉に、メルは内心驚いた。

 部屋に入ったときから気になってはいたのだ――女子寮に男性がいると。

 学院に使用人を連れてきてはいけない決まりになっているが、皇女ならば特例も出るのだろう。そうは思うものの、ふつうは女性の使用人を連れてくるはずだ。要らぬ憶測を呼ばぬためにもそうすべきだとは思うのだが。


(触らぬ神に祟りなし、よね。きっと)


 皇女の部屋に侍従とはいえ男性がいる。そこは触れてはならぬ部分だ。メルは瞬時にそう判断し、あえて何事もないように振る舞っていたのに。まさかシュテフィ本人から話題を振ってくるとは。


「そうなのですね。とても美味しそうですわ」


 当たり障りなく答えたが、メルはかなり混乱していた。


(なんて返すのが正解なの? ツッコミ待ち? まさかツッコミ待ちなの?!)


 いやしかし皇女相手に「なんで侍女じゃなくて侍従を連れ込んだのよ?」とはさすがに聞けない。だが、シュテフィが話題に出したということは、メルから侍従についてのツッコミを入れてほしいという誘導ではないのか。


(シュテフィ様があえて連れ込むくらいだから、よっぽど気に入ってるのよね? っていうことは、まさか秘密の恋人とか言うんじゃ……)


 密かに愛を育んでいる者は誰かに話を聞いてほしくなる、というのはよくあることだ。それで似たような身分のメルを呼んだ、なんてことだったらどうしよう。


 戸惑うメルをよそに、シュテフィはにこやかにケーキを勧めてくる。かける言葉が思い浮かばず、メルは逃れるようにケーキを口にした。


(ん? この味、どこかで食べたような?)


 またも感じた既視感にメルは胸騒ぎを覚えた。ふと視線を上げれば、シュテフィが思惑ありげにこちらを見つめていた。


「シュテフィ様? どうかなさいましたか?」

「メル様。わたくしはメル様に秘密を明かしましたわ。だからメル様もわたくしを信頼なさって秘密をお話しいただきたいのです」

「……ちなみにシュテフィ様の秘密って」

「もちろんこの女子寮に侍従を連れてきたことですわ」


(秘密を明かしたもなにも、勝手にバラされただけですけど?!)


 もちろんそんなことは言葉にできない。メルは空気が読めるのだ。シュテフィが秘密を打ち明けた気分でいるのなら、そういうことにしておこう。だが――。


「あの、わたしの秘密というのは……?」

「もちろん昨日の話ですわ」


 シュテフィの言葉にメルは表情を隠せず目を見開いてしまった。


「この侍従が昨日ケーキを買いに、とあるカフェに参りましたの。そこで慌てた様子で店を出るメル様をお見かけしたと聞いたのです」


 そこで言葉を区切ったシュテフィはまっすぐにメルの目を見つめてきた。


「メル様。そこで何かあったのではないですか?」


 シュテフィの確信に満ちた口ぶり。おそらくシュテフィはメルがあのカフェで盗み聞きをしたことを知っているのだ。

 そのうえでメルに何があったのか聞いてくる真意は何なのだろうか。


(兄である皇太子のために教えてほしいだけ? もしかして、わたしも共犯だと疑われていたりする?!)


 昨日の時点ではメルが盗み聞いた話をシュテフィに届けても信じてもらえるかどうか怪しかったので、皇太子の人物像がわかるまでは保留にしておこうと思ったのだが。

 こうなってしまえば、隠しておく方が逆に怪しくなってしまう。素直に話してシュテフィから皇太子に注意してもらうようにしたほうが良さそうだ。

 動揺を抑えて素早く考えを巡らせたメルはゆっくり口を開いた。


「実は……」


 メルは意図せずに――ここは重要なので強調しておいた――聞いてしまった話の内容を包み隠さず伝えた。





「まあ。そのような話を盗み……いえ、立ち聞いてしまったというわけでしたのね」

「はい。本当は昨日のうちにシュテフィ様にお伝えすべきかと思ったのですが、いきなりこのような話を持ち出しても怪しいだけかと思いまして。ですので、決してわたしに皇太子殿下を害する意図があったわけではないのです」


(わたしは敵じゃありませんからねー)


 メルは不可抗力で話せなかっただけだと強調した。皇太子が邪悪な人柄だった場合を心配して、報告するのを保留にしていたとは決して言えない。


「ええ。もちろんメル様を疑ってはおりませんわ。むしろ逆なのです。メル様があちらに何らかの形で巻き込まれたのではないかと心配しておりましたのよ。ねえ、カイ」

「はい。あちらに見つからずに逃げてこられたのは幸いでした」


 シュテフィはメルのことをかなり心配していたらしく、それから心理面や体調面など気になることはないか散々聞かれた。それをカイと呼ばれた侍従が諫めにまわる。皇女と侍従という関係のはずだが、二人の間には気安い空気が流れていた。


(うーん。この人、本当に侍従なのかしら)


 先ほどまでは、もしや皇女の秘密の恋人か?! と動揺していたため見落としていたが、この侍従はよく見たら気品のある立ち姿をしている。メルはさりげなく侍従を観察した。


(黒髪にしては少し眉毛の色が薄いのよねぇ。もしかしてカツラなのかしら? まあ、女子寮に忍び込んでいる時点で身元がバレるのはマズイわよね)


 変装しないと身元が特定されやすい人物で、かつ皇女へ気安い態度をとれる人物。そして皇太子暗殺計画があることを知っても問題なく、むしろ対策に回るような立場の人間。

 とすれば相手は絞られてくる。


(暗殺計画自体には驚いてないし、皇太子陣営の人間ってところかな? 公爵家あたりの幼馴染とか? 皇太子殿下本人っていう線もあるかしら)


 どちらにしろ高貴な人物に変わりはない。メルは好奇心を刺激され、さりげないつもりでいたのに、いつの間にか堂々とカイを観察していた。長めの前髪にして隠しているつもりかもしれないが、なかなかに凛々しい顔立ちをしている。


 そのとき、カイのグリーンの瞳がメルの視線をとらえた。その瞳が蠱惑的に細められる。


「メル様。私の顔になにか?」

「そのカツラ、似合ってないですよ」


 メルの一言に、驚きで見開かれるカイの瞳。


(しまったー! ついポロっと本音が)


 メルは慌てて口を押えた。



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