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10.盗み聞き


「おだやかねぇ」


メルは帝都のカフェに座り、街ゆく人々を眺めていた。


メルが帝国学院に短期留学をして、もうすぐ3か月になる。半年間の留学なので、はやくも半分が経過したわけだ。

父王のやり方にブチ切れてから、メルは隣国であるシュタルク帝国への留学を決意した。理由は帝国学院の特徴にある。この学院に在籍している間は、本人の了承なしに婚姻を進めてはいけないと定められているのだ。それは帝国人だけでなく、留学生にも適用される。メルはそこに希望を見出した。


なにせ父王は娘を男に襲わせ、その恐怖心を利用して、助けに入ったコンラッドに惚れさせようとするような人物だ。メルがこのまま婚約を拒み続ければ、コンラッドと二人で部屋に閉じ込められてムリヤリ既成事実を作らせようとしかねない。コンラッドのことは信用しているが、彼は生真面目で王家への忠誠心が厚すぎる。父王に命令されれば、メルの意志に反して男女の関係を求めてくる可能性も捨てきれないのだ。ユリウス以外とは誰とも結婚する気がないメルにとって、かなり危機的状況だった。


(だいたいなんで結婚しなきゃいけないのよ。国のための結婚。王女の義務といっても、コンラッドと結婚することでの経済的効果、政治的効果なんてたいしてないのに)


メルだって王女として国のために尽くさなければならないことはわかっている。だからといって、国に尽くす方法がなぜ婚姻でなければならないのか。

そうならないように、メルはこれまで王女に充てられた財源を使って、事業を起こして国に寄与してきたのだ。利益はほとんど国に還元しているし、国のために役立っていると自負している。メルが独身でいるくらい問題ないはずなのに。


(まあ、ケイトなら「王女の義務云々のまえに、親心なのですわ」とか言いそうね。わからなくもないけど)


だが親心を出されるたびに、男と部屋に閉じ込められるのは懲り懲りだ。


(ほんと、帝国学院に入れてもらえて助かったわよね)


以前サアラの邸を訪ねたとき、帝国学院の話が出たことがあった。それで少し興味がわき、留学可能かどうか問い合わせをしていたのだ。そのときはただの興味本位だったが、今となっては渡りに船となった。


すぐに帝国学院に連絡を取り、入学手続きを行った。もちろん父王の許可が必要だった。半年間の短期留学ということと、今はメルに婚約話を持ち掛けても逆効果だと思ったのか、最初は渋ったものの、意外とすんなり許可をくれた。


(帝国学院に皇女殿下が在籍してらしたのが大きいのかも。お父様は皇女殿下とわたしが仲良くなることを期待して留学の許可をくれたのかもしれないわね。なにせ皇女の実兄である皇太子殿下はまだ独身らしいし)


留学初日に学院長の挨拶を受けたとき、皇女殿下も挨拶に来てくださった。


「シュテファニー・フォン・ヴァイラントでございます。メルティナ殿下、何か困ったことがあればいつでもお声をかけてくださいね」


シュテファニー皇女殿下はサラサラとした輝く金髪に鮮やかな碧の瞳が美しい方だった。


(シュテファニー殿下はああおっしゃってくださったけど、わたしは特別留学枠だからほとんど授業には出ないのよね)


特別留学枠とは、他国の貴人が見識を深めるためという名目で利用する制度だ。自国ですでに学習を終えた者で、本格的に国政や領政に携わる前に見聞を広げたい――ぶっちゃけるなら、「本格的に勉強や研究をする気はないけど、ただ遊びに来たというのは外聞が悪いから、自由研究でもしてみようか」――という者のための制度だった。一応、研究テーマを決め、レポートを提出しなければならないが、それさえ済ませば、学院内で自由に過ごせるのだ。ちなみに本当に勉強する気がある者は普通の留学枠で入るようになっている。


メルの目的は、留学することでムリヤリ婚姻まで突き進まれることのないように自衛し、そのあいだに結婚を避けれるだけの手立てを考えることだ。

なので、留学中は社交にわずらわされず自由に過ごせるように、メルがアバンダ王国の王女であることは伏せてもらっている。もちろん学院長や教師、皇女は知っているが、一般生徒には「王家に縁のある人」と紹介してもらっていた。ここでのメルは、直系なのか、もしくは分家筋のはとこの嫁ぎ先の妹くらいに遠い縁なのかはわからないけど、とりあえず敬意を払っておいた方がいい人という認識をもたれている。


一生徒として話しかけられはするが、わずらわしい付き合いに巻き込まれることはなかった。図書館で好きなだけ本を読み、手掛けている事業について手紙でやり取りし、休みの日は帝都のカフェ巡りをする。メルは実にのびのびと過ごしていた。


(ケイトを置いて一人で来ることになったときは、ちょっと不安だったけど。意外となんとかなるものね)


帝国学院は基本的に寮生活で、一人で入寮することになっていた。個別に使用人や護衛などをぞろぞろ連れてきていたら、誰が誰の関係者が把握しきれなくなり、使用人のふりをした不審者が混じってもわからない可能性があるためだ。そのかわり、食事から掃除にいたるまで、学院側が用意してくれるし、敷地内には数メートル間隔で警備員が立っている。外出するときは自宅から馬車を呼んでもいいし、学院の馬車と護衛を借りることもできた。まあ、それが成り立つだけの学費を取られるわけだが。


というわけで、メルは休みごとに一人で帝都のカフェをめぐっていた。


(今日は知る人ぞ知る、穴場のカフェにやってきたのよねー)


ここは大通りから中に一本入った場所にある。決して寂しい場所ではないのだが、近くの大通り沿いに老舗カフェや人気のカフェがそろっているため、そちらに人を取られているようだった。


(貴族というよりは、裕福な市民御用達のカフェって感じかしら。個室も充実しているし商談に使うのかもしれないわね)


静かで落ち着いているし、フードも充実している。表通りにあったら、さぞ人気店になったことだろう。先払い制のカフェのため、注文した品がそろえば、あとはまったりと過ごせるのもよい。


(もう一杯おかわりをしようかしら。そのまえにお手洗いにいっておこうっと)


この建物は珍しくX字になっており、中央に受付や化粧室があり、あとはそれぞれの通路にそって個室となっていた。

メルは化粧室を出ると通路奥の個室へと戻る。扉を開けると、そこはメルがお茶をしていた部屋ではなく、なぜか庭になっていた。


(あれ? なんで? 扉を間違えたのかしら)


庭をぐるりと見渡すと、どうやら別の個室に面した中庭のようだ。

メルの個室は庭ではなく通りに面していた。おそらく化粧室を出たあと、反対側の通路を渡ってしまったのだろう。


(中庭に出ちゃうってことは、もしかして従業員用の通路だったのかも)


ここは中庭を整備するための従業員用の扉だったのかもしれない。


「今日は少し蒸しますな」


戻ろうとしたメルの耳に壮年の男の声が届いた。

中庭に面した個室にいた客が窓を開けたらしい。室内の会話がメルの元まで聞こえてくる。


(やだ、盗み聞きになっちゃう! はやく戻らなきゃ)


ドアノブを回す音がしないよう、慎重に手を動かすメルの背に、室内の男たちの声がかぶさってくる。


「東の方の様子はいかがですか」

「また刺客をかわしおった」

「あいかわらず運の良い方ですな」

「忌々しいことだ」


不穏な単語を散りばめながら、いらだちを隠そうともせず吐き出される会話。メルの心臓が危機を知らせるようにバクバクとなり始めた。


(ちょ、ちょっと待って。いったい何の会話なの?!)


室内の男たちは焦るメルに気づくはずもなく、怪しげな会話を進めていく。


「少しやり方を変えてもいいやもしれませんな」

「どういうことだ」

「いや、なに。必ずしも東の方に死んでもらう必要はないのではないかと思いまして」

「なにを言う。東の方がいなくならなければ、西の方が至高を目指せぬではないか」

「それですが、東の方が死ななくても、その座についていられなくなるほどの事態におちいればよろしいのでは?」

「ふむ。執務が滞るような病や怪我でも事足りるというわけか」


ふいにコツコツと小さな足音がメルの耳に付いた。


(もしかしたら見張りが来たのかも?!)


こんなヤバそうな話をする連中だ。見張りくらい立てていても不思議ではない。むしろ見張りに見つからずメルがここまで入り込んでしまったのがおかしいくらいだ。


(どどどどうしようっ!)


慌ててあたりを見渡したメルは庭のすみに小屋を見つけた。足音を立てないように、でも最大限に急いで歩き小屋の中へと逃げ込んだ。


そこは食材置き場になっていた。メルはホッと息を吐くと、積まれているジャガイモや玉ねぎの横を通り抜け、もう一方の扉へと手をかける。汗ばむ手でゆっくりゆっくりドアノブを回し、静かに扉を押した。どうやらきちんと手入れが行き届いているようだ。ありがたいことにキイキイと軋むことなく開いてくれた。通路に誰もいないことを確認すると、そのまま何食わぬ顔で歩く。するとメルが先ほど使用した化粧室のまえに出てきた。


さも今、化粧室から出てきましたよという風を装い、中央にいた店員に「ごちそうさま」と会釈をすると待たせていた馬車に乗り込んだ。

念のため馬車の窓から後方を伺うが誰も追ってきている様子はない。メルはやっと肩の力を抜いた。


「はぁ~~~っ。びっくりした。なんなのよ、もう」


あんな場所で暗殺計画を話し始めるとは思わなかった。おかげでとんでもない話を盗み聞いてしまうハメになったではないか。


(東の方って呼ばれてたのは、たぶん皇太子殿下のことよね)


メルのアバンダ王国は王宮の南側に国王一家の居住空間が配置されているが、たしかシュタルク帝国は皇帝とその妃の住まいは別だったはずだ。

アバンダ王国の国王は一夫一妻制を取っているが、シュタルク帝国の皇帝は第二妃まで娶ることを許されている。第一妃が東の離宮、第二妃が西の離宮に入ると聞いていた。便宜上、第一妃第二妃と呼んでいるが、第一妃が正妃で第二妃が側妃という意味ではないらしい。本来二人の妃に格差はないので、住んでいる館の名をとって、東妃殿下、西妃殿下と呼ぶこともあるとか。


第一妃はすでに亡くなっているので、東の方と言ったら第一妃の息子の皇太子殿下か皇女殿下のことを指すと推測できる。


(「西の方が至高を目指す」と言ってたから、皇帝の座を狙っているっていう意味よね。きっと)


ということは、西の方は第二妃殿下ではなく、その息子の第二皇子のことであり、東の方は皇太子殿下だろう。


(やだ、本当にやばい! これって皇太子殿下暗殺計画を聞いちゃったってことじゃない?!)


暗殺まではいかなくても、怪我をさせればいいみたいなことを言っていたが同じようなものだ。とんでもない話を盗み聞いてしまったメルは、ずるずると背もたれに寄りかかった。


(どうしよう? 学院に着いたら皇女殿下に話す? カフェでうっかり盗み聞いてしまいましたって?)


はたしてその話を信じてもらえるのだろうか。胡散臭いことこの上ない気がするのだが。でも黙っていて皇太子殿下に何かあったら、寝覚めが悪いどころの話ではない。


(うーん。そもそも皇太子殿下がどんな人なのかもわからないしなぁ)


暗殺計画を企てるやつらが善良な人物だとも思えないが、皇太子殿下がそれを上回るほど悪辣な人物だった場合、メルは市民から見ると余計なことをしたと思われるかもしれない。

皇太子殿下とは社交で二度ほど会ったことがあるが、当たり障りのない表面的な会話しかしたことがなかった。外交は父王や兄が行うので、メルは皇太子について語れるほど知らないのである。


(とりあえず皇太子殿下について調べつつ、どこに助けを求めたらいいか考えよう)


学院に戻るまでの道のりでメルはそう考えをまとめた。その日は疲れてしまい、寮の部屋へ入るなり夕食もせずに寝入ってしまった。


翌朝すっきり目覚めたメルは、朝食を済ませるといつも通り図書館にこもる。読みかけの本を読破して、新たな本を探しに行こうと席を立ったとき、意外な人物から声をかけられることになった。


「メル様。もしよろしければご一緒にお茶をいたしませんかとシュテファニー皇女殿下からの伝言でございます」


ここにきて皇女殿下からの呼び出しにメルは嫌な予感がした。



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