恩人の話
実話怪談風の創作です。実話ではありません。
取引先のD課長の話。
Dさんが大学生の頃はカルト宗教絡みの事件が頻発していたのだという。
今も物静かで穏やかな物腰のDさんだが、大学時代の頃はもっと内省的でサークル活動もやらずアパートと大学との間をただ往復するような生活だったらしい。
「子供の頃に両親を亡くし、早く独り立ちする為に勉学に集中してきたせいで友人も少なかったから仕方がないのですが。経済的な不安もあってサークル活動とか余裕も少なかったですし」
そんな訳で、天涯孤独な世捨て人っぽい生活をDさんは送っていたのだという。
住んでいたアパートも、大学の近くや駅・繁華街の近くなどは家賃が高くなるので、どちらかというと不便であまり人が多くない界隈になってしまったのだが、ある時、急にアパートに出入りする人が増えてきた。
「どうも無愛想で不躾で、人をじろじろ値踏みするように見るばかりの人たちでしてね。不愉快でしたが、だからといって転居するほどのこともない、と無視していました」
そんなある日、Dさんの隣室で引っ越しがあったのだという。見ると、こんな寂れたアパートには似合わない派手な服装の青年で高価そうなオーディオ機器を運び込んでいたのだそうだ。
その晩から隣室ではガンガンと大ボリュームで音楽が鳴り響くようになり、Dさんは集中して勉強することも眠ることすら難しくなってしまった。
「少しボリュームを落としてもらえませんか」
と隣室に頼みにいっても聞く耳を持っていないようで、さすがにこれは、とDさんは転居を決意したのだそうだ。ちょうど大学の寮に空き室が一つできたので、そこに入ることにしたのだという。
「でも、彼のおかげで命拾いをしたんですよね」
とDさんは言った。
「例の騒音青年、彼がいきなり消息不明になって大騒ぎになったんですよ。それでわかったのは、どうも何とかいう名前の破壊的なカルト宗教の信者たちにさらわれてイケニエだか何だかにされたらしい、ってことで。あのアパートに頻繁に出入りしていた人たちがその信者だった、って知ったときには身震いしましたね。多分、身寄りのない私を最初のうちは狙っていたようで、もしそうなったら、誰も気づいてくれなかったろうな、なんて」
そう言って、Dさんは「命の恩人なんです」と言った。