7:異邦人の立場
「ひっ……」
店を出た瞬間、主に人類の、特に男共の視線が一斉に向けられた。中には、明らかに何かの狙いを定めたような危ない視線もあり、アレクシアは思わず引いてしまった。
「ほら、しっかりしなさい。せっかくのおめかしが台無しよ」
と、すかさずキョーカがアレクシアの頭を上げさせる。怪しげな視線が、そこかしこから飛んできた。
「アレクシアちゃんが、とっても可愛い証拠よ」
「確かにスゴイけどサ~」
仕入れた諸々を浮揚機に放り込みながら、ソーマは周囲の視線とアレクシアを見比べ、
「キレイ過ぎるのも考えモノだな。芸能人でもナイし、ここまで注目されたら歩きヅラクなる」
うんざりするように、ソーマは吐き捨てる。ちなみに、ソーマには刺々しい視線が集中していた。主に人類の、特に男共からの。
「何言ってんのよ。女はキレイになるのに越したことないわ。それに、アレクシアちゃんなら、まだまだ先があるわよ~」
と、どこか怪し気な笑顔を浮かべて、いまだにアレクシアから目を離さないキョーカ。明らかに、今回だけでは済まない何かを企んでいた。
「でも、それはまた今度……よっぽど大事な時に取っておきましょう」
キョーカの言う〝大事な時〟というのが何なのか──非常に気になるところだが、キョーカの怪し気な笑みを見てると怖くて聞けない。
「さて、お目当ては済んだけど、このまま帰るのもつまらないわね。せっかくだし何か食べて」
「××××~」
どこか軽薄な調子の声がかけられ、遮られたキョーカは小さく舌打ちしながらも、そちらを振り返る。
声音同様、やたら軽薄な笑みで歩み寄ってきたのは、年嵩の男──ただし、その背丈はアレクシアの膝にも届くか否か。
「コビトゾクの一種だ。神聖帝国じゃ〝ホビット〟トカ呼ばれテタカ」
小声で言いながら、ソーマは前に出る。アレクシアとあのホビットの間を塞ぐように。
「残念だけどお呼ばれしちゃったわ。ソーマ、悪いけど帰りの運転お願い」
「ヘイヘイ……」
ソーマは面倒そうに頷くと、目線でアレクシアに浮揚機に乗るように促しながら、操舵席に乗り込んだ。
「ソーマも、この乗り物を操れるの?」
「ソレなりの勉強トカ訓練は必要ダケド、誰でも操る事がデキる」
疑わしげなアレクシアを余所に、ソーマは何ら危なげなく浮揚機を発進させる。
よく見ると、主な操作は舵輪と足元の踏み板を動かすだけのようだから、確かに難しくは無いようだ。
商店街を抜けた浮揚機は、緩やかに湾曲した登り坂のトンネルに入った。雑踏や街並みは、規則的に通り過ぎる灯りに変わり、アレクシアはそれを何とはなしになしに目で追っていく。
「ツマラナイって顔ダ」
ソーマが、冗談めかして言ってきた。
「オフクロが見たら、せっかくのオメカシが台無しダって言うダロウな。生理カ?」
「……違うわよ」
下品な言い様に、アレクシアは後方確認のための鏡越しにソーマを睨みつける。
「ソレなら、何に引っかカッテる?」
ソーマは、まるで分かっているかのような目で見返してくる。下手な腹芸など無意味と思い、アレクシアは率直に訊ねた。
「どうして、私がフローブランだと分かったの? 貴方達は、どこまで知ってるの?」
キョーカは先ほど、〝フローブラン家のご令嬢〟と言っていた。アレクシア自身の口からは、名前以外は身の上について何も話していないのに。
「ソウダな~」
ソーマは、勿体ぶるように考えるような素振りを見せ、
「名前は、アレクシア・フローブラン。フローブラン家の次女で三番目ノ子供。フローブラン家は〝四大賢人〟トカイウ、神聖帝国でモットモ力の強い四つの法術貴族のうちのヒトツ。由来は〝劫炎の華〟ダッタカ? で、お前は一族じゃ落ちコボレで、〝出来損ない〟の扱い……と、間違いはアルカ?」
「……いえ」
訂正など一切無い。
ソーマが一気に語った内容は、全て正解で正確だった。唖然とするアレクシアに、ソーマは意地の悪い笑みを浮かべ、
「お前が眠っテル五日間に、色々調ベタ」
「調べたって」
「今時、正確ナ顔形の情報がアレバ、スグに調べラレル。大貴族サマの娘なら、尚更ナ」
どうやって──頭に浮かんだ疑問を、アレクシアはすぐに追いやる。
たった五日で外国の──敵対国家の人物を特定する方法など、絶対にマトモな手段ではない。聞かない方が良いだろう。
「ちなみに、さっきのコビトゾクだけどな」
「……ええ」
「言うなレバ、そういう仕事をしてるヤツだ。誰かサンの身元を調べたり、事情を探っタリってな。で、オフクロの用事は、ソレ関係の話と、後はお前に関スル経過報告ってトコダナ」
「私の経過報告?」
「……後ろ、コッソリ見ロ」
そっと振り返り、後ろの窓を覗いてみる。付かず離れずの距離に、黒い浮揚機がついてきていた。
「アレ、お前の監視ダ」
「か、監視?」
「当たり前ダ。今は休戦してるケド、神聖帝国と陽出は敵対シテル。ナノに、必要な手続きも手順も完全にスットバシてやってきた不法入国者で、調べタラ神聖帝国の重鎮のご令嬢、と」
一息に喋って、ソーマは最後に溜息を一つつき、
「陽出の偉い人タチは、お前ノ扱いに困っテル。今のお前は、トテモ微妙な立場だからそのツモリで」
扱いに困るほど微妙な立場──アレクシアの今後の行動次第では、預かっているキョーカやソーマにも大きな迷惑が掛かるということになる。
思わず身を固くするアレクシアに、ソーマはさもおかしそうに吹き出し、
「そんなにビビる必要はナイ。街中で大暴れデモしない限りハ、大丈夫。シバラクは、陽出の観光デモすれば良い。例えば、ホレ」
ソーマを窓の外を示すと、ちょうどトンネルが切れた。急な眩しさに思わず目を閉じ、すぐに明るさに慣れて目を開けると、
「……」
その光景に、言葉を失った。