6:おめかし完了
「……シア……アレクシアちゃんっ!」
「は、はいっ?」
呼ばれてアレクシアは跳ね起きた。
「終わったわよ。そして君は、今日、ここで、君の輝きは真の姿を取り戻したのでうぁ~るっ!」
キョーカは、それはもう、深々と頷いてみせる。アゲハ他、群がっていたケイセイゾク達も同様で、それはもう達成感に満ちた清々しい笑顔であった。
何故だろう、皆の目から滂沱の感涙が流れているような気がする。魔力酔いの影響が、まだ残っているのだろうか。
「む? 何かねその疑わしげな目は? ならば己が目で確かめるがいいっ!」
アレクシアの生暖かい視線をどう受け取ったか、キョーカが指をパチリと鳴らし、ケイセイゾク達が姿見を運んできてアレクシアの正面に置いた。
「……ぇ……」
誰だか分からなかった。
それが自分だという認識を、受け入れるのに時間がかかった。
鏡に映っているのが、自分の知る自分自身とは似ても似つかない、美しい娘であったから。
「紛れもなく貴方よ」
それまでの熱い調子とは打って変わり、キョーカは穏やかにアレクシアの肩を叩く。そしてアレクシアの目の前に、腕を組んだアゲハが、それはもう偉そうな顔を浮かべて、
「×××××、××××××××××──」
とりあえず、偉そうな説法を語っているのは伝わってくるが、もちろんアレクシアには細かい内容は分からない。
「『私達にしてもアミにしても、元を潰すようなやり方はしないわ。あくまでもその人の〝美しさ〟を引き出そうとするの。そういうのって、付け焼刃の飾りつけじゃ絶対に現れないものだから』……と、アゲハは言ってるわ』
と、キョーカはアゲハの言葉を通訳すると、同意するように深々と頷き、
「ええ、その通りよね。専門家の言うことは、さすがに重みが違うわね。まあ、そういうわけで……鏡に映っているのは、間違いなくアレクシアちゃんよ」
「は、はあ……」
そんなお墨付きを貰っても、アレクシアは鏡に映っているのが、本当に自分か自信が無い。魔力酔いの幻覚か、アゲハ達の幻術ではないかと疑ってしまう。幻の類は、ピクシーやフェアリーの得意技である。
「×××××、×××××」
アゲハが、偉そうな顔を引っ込めると、何かを言って頭を下げる。
「『良い仕事をさせてくれて有難う』……だそうよ。化粧の専門家がここまで言ってるんだから、胸を張りなさい。ほら、こんな風に」
と、キョーカはアレクシアの背後に回り込み、
「わ、ひゃぁあっ?」
豊かな胸を、揉みしだくのだった。
「ちょ、や……はう……っ」
「ほほう、ここがエエんか~? これがエエんか~?」
それはもう、手慣れた手つきで、優しく、しかし容赦なく。
アゲハ達が、何やらキャーキャー言って飛び回っているが、キョーカを止める様子はない。どころか、喜色満面で目を爛々と光らせていた。
「×××××、××××っ」
吐き捨てるような言い様と共に、キョーカの頭が引っ叩かれた。
「あら、来てたの?」
引っ叩かれた事など気にしてない──というか、無かったかのように顔を上げるキョーカ。そこには、冷たい目で睨むソーマがいた。
「たった今。つうか、ソロソロ終わるカラ浮揚機を回して荷物を乗せろって連絡寄越したの、アンタダロ」
ソーマが取り出したのは、手の平大の板。表面は小さな光が規則的な明滅を繰り返し、その上の中空には、文面が幻影のように映し出されていた。陽出語なので分からないが、ソーマが言ったような内容だろう。
「何にしても、丁度良い時に来たわよ~」
と、キョーカは指を鳴らし、
「括目せよっ! そして慄くがいいっ! アレクシアの真の姿をっ!」
アレクシアの肩をつかんでソーマの前に押し出した。
「え、え~っと……」
「……」
ソーマは、目を鋭く細めてアレクシアを上から下まで観察する。それはもう、小さな粗を一つとて見逃さないとばかりの厳しい眼光で検分し、
「……コリャスゴイ。それ以外、言うことナシ……陽出語で言えば、××××××××、×××××」
何と言ったかは分からないが、歓声を上げて飛び回るアゲハや他のケイセイゾクの様子を見る限り、かなりの高評価らしい。
「良い事言ったわっ!」
喜色満面のキョーカに背を叩かれ、ソーマは大きく噎せた。恐らく、不意打ちで引っ叩かれた意趣返しも兼ねているのだろう。
「ぜ~っんぜんお洒落にからっきしで無頓着のバカ息子しては、だけどっ!」
「無頓着なバカ息子で結構ダッテ。最低限、不衛生に見ラレなきゃ良いんダカラさ」
「……今のアレクシアちゃんを見ても、そう思う?」
キョーカに問われて、ソーマは改めて、アレクシアを上から下まで観察し、
「いや……ここまで化ケるなら、俺もチョット気を遣っテミルかね」
と、諦めたように肩をすくめた。
蒼真なりに褒めているのだというのは分かるが、どうにもいちいち棘がある気がしてならない。
「化けたんじゃなくて、これが本来のアレクシアちゃんなのよ。何度も言うけど」
と、何故かキョーカが偉そうに自慢してきた。
「神聖帝国が誇る四大賢人はフローブラン家のご令嬢──つまり、本物の大貴族の〝お嬢様〟なのよ。下地とか素地とかは、充分すぎるでしょ」
「っ!」
アレクシアは、思わず仰天した面をキョーカに向ける。しかし、キョーカはその時には踵を返して店の出入口を開けていた。
「それではお嬢様、参りましょう~」
「ほれ、アルケ」
と、背中を小突かれて、アレクシアはアゲハ達の見送りを受けつつ、店を出た。