4:〝魔力酔い〟の洗礼
衝撃じみた酷い揺れでアレクシア達を掻き回した末に、ようやくキョーカが浮揚機を止めたのは、リッタイチュウシャジョウとか言うらしい多層の建物だった。どうやら、神聖帝国で言う共用停車場のようなものらしいが、共用の便所まで設けられているのは、何とも奇妙だ。
奇妙ではあるが──今は、とてもありがたかった。
「~~~~~っ、う、げほっ」
便器に顔を突っ込み、口の中でどうにかせき止めていた腹の中身を盛大にぶち撒けた。走ってる最中は衝撃に打ちのめされてそれどころではなかったが、停車して気を抜いた瞬間、腹の奥からこみあげてきたのだった。
「……そりゃ、病みアガリで無茶すればこうナルヨな~」
と、ソーマは同情的な視線を向けつつ、便所からふらふらと出てきたアレクシアに、手拭いを渡す。
ちなみに、アレクシアをこんな風にした元凶は、停車場を使う手続きをしているとのこと。
「シバラクすれば治るけど、それまでは気ヲツケ……て、言ってるソバからっ! オイ、××、××××××っ!」
ソーマが何やら喚いているが、分からない。きっと、言葉が拙いか陽出語で喋っているのだろう。それにしても、真っ直ぐ歩けない。幻術にでも掛かったのだろうか。
「っ?」
横合いから現れた大きな何かぶつかり、アレクシアは尻餅をついた。
霞んだ眼をこすってそれを見上げ、
「──っ」
出かかった悲鳴は、〝詰まった〟と言うべきだろう。
そこにいたのは巨人──身の丈は、アレクシアの軽く五倍以上はある、文字通りの巨人。
肌は染めたかのように赤く、頭には二つの角がそびえ、口の端からは鋭い牙が伸び、巨体からは魔力があふれ出て──アレクシアは尻餅をついたまま、立つのも忘れて凍り付いた。
「×××、××××××~」
赤い巨人は、何かを呟きながら、その巨大な手をアレクシアに伸ばしてきた。
「~~~~っ!」
今度は悲鳴が口から飛び出し、尻餅をついたまま、全力で後じさり、
「××っ?」
今度は背中がぶつかった。背を反らせる勢いで見上げると、ソーマが眉をひそめて見下ろしていた。
「何やっテンだお前……×××、××××、××」
アレクシアにぼやきを吐きつけると、ソーマは赤い巨人に陽出語で何かを言いながら頭を下げ、
「ホラ、お前モっ」
と、ソーマは頭を下げたまま、尻餅をつくアレクシアの頭を掴んで強引に下げさせた。
「××××××。×××」
巨人は、口の端を釣り上げながら何かを言うと、重たい足音を響かせながら立ち去った。
「コウキゾク──ソッチで言エバ、オーガに近い種族ダ」
「オーガっ?」
アレクシアは、仰天して立ち去った巨人に向ける。
「何だ? いきなりツカマッテ、頭からボリボリ食われるトデモ思ったケ?」
「それは……」
オーガとは、凶暴で知性が低く常に飢えた魔族であり、特に生きた人類が好物であり、捕まった瞬間、そのまま腹に収められる──そう、教えられてきた。
「ソレジャ、今のコウキゾクは、どうダッタ?」
「……」
教えられた内容とは似ても似つかないほど、穏やかだった。逆に、教えられた内容と同じなのは、巨体と強面くらいか。
「ソウだ。陽出のオーガは、とても賢くて紳士的ダ……まあ、人類に比べレバ、短気で荒っポイ奴が多いから、チョットしたコトでケンカにはなるカモ?」
ちょっとしたこと──いきなりぶつかって、自分の非を認めないばかりか相手を非難するばかりという、ケンカにおいてよくある原因。
「デモ、それは人類モ同じダ」
「……」
人類も魔族も同じ──アレクシアの中で、何かがひび割れる音が響いた。
*****
オーガ──もとい、コウキゾクだけではなかった。
亜人や獣人、魔獣が闊歩し、大小の鳥や翼竜、更には妖精や霊体までが飛び回っている。まさに見上げるような巨体から、手のひらに乗るような小さな者まで。
身を隠すことなく。
我が物顔でもなく。
行きかう人々は、何の疑問もなく、むしろ当たり前のように気にも留めずない。
そんな中でアレクシアは、
「……ぅ~」
目を回していた。
「〝魔力酔い〟ってヤツね。法術師──というか神聖帝国人なら、こうなるのは当たり前よ」
法術を扱う神聖帝国人は、法力という形無い、しかし確かに存在する力を感じ取ることができる。必然的に、魔力に対しても鋭敏になるため、その影響も強く受けることになる。感覚を鍛えられた法術の専門家たる法術師ならば、尚更。
魔族が当たり前のように行き交う──当然ながら、漂う魔力は濃密極まりなく、そんな場所にいきなり放り込まれたものだから、アレクシアは強く当てられてしまった。
「オイ、シッカリしろ」
「だ、大丈夫……」
事実、頭は揺れているが倒れるほどではないし、ソーマの手を借りるまでもない。
「普通なら、立つこともままならないんだろうけどね」
振り返ったキョーカは、アレクシアを観察し、
「確かに、思ったより大丈夫そうね。アレクシアちゃんの場合は、しばらく眠っていたから、少しずつでも慣れたんじゃないかしらね」
「怪我の功名っテカ? 運のイイ」
あまり喜べる事ではないのだが、魔力酔いのせいで言い返す気力など無かった。
キョーカは、そんなアレクシアの腕を引き、
「安心しなさい。あと少し……ほら、そこのお店だから」
と、すぐ目の前の店を指さした。
「ここなら、小一時間くらいで良くなるわよ……色々と」
色々って何だ──その質問も、魔力酔いのせいで口から出ることは無かった。