6:新たな世界を目指して
「まあ、何じゃ、とにかく乗るがよい。話はそれからじゃて」
燐耀は、半ば押し込むようにアレクシアを浮揚機の後席に乗せ、
「ほれ何しとる蒼真。早う出さんか」
「へいへい~」
既に運転席に乗り込んでいた蒼真は、後席の扉が閉じるのも待たずに浮揚機を発進させた。
「まあ、お前の事だから察してるとは思うがな」
言われなくても、アレクシアの物問いたげな視線で察したらしい。蒼真は、さも面倒そうに答えた。
「聖剣の配達なんざ口実……つうか、〝次いで〟に決まってんだろ。気が抜けてボーっとした誰かさんが事故に会う前に迎えに行ってやれっつう、お袋のお節介だ」
「とか言いつつ、今朝は用意よく浮揚機で登校してきたようじゃがの」
アレクシアの隣で、燐耀がすかさず茶々を入れた。すると、蒼真は不機嫌そうに鼻を鳴らし、
「とか言ってるお前は、終業の鐘が鳴った途端、窓から飛びだしてたみたいだがな。何かと思ってたら、他人んちの浮揚機に勝手に忍び込みやがって」
どうやら、学校が終わってそのままこちらに来たらしい。その証拠に、前席の二人は制服姿のままであった。
「皇龍の力を見縊るでないわ」
「威張れることじゃねえし、どう見ても無駄遣いだろ。警察と天凰様に通報されなかっただけ、有難く思えっての」
そんな蒼真と燐耀のいつもの漫談に、アレクシアは思わず吹き出し、
「ありがとう、二人とも。私は、もう大丈夫」
そして、この場にいない鏡華にも、心の中で感謝した。
そう、大丈夫だ──一気に吐き出した事で、気の抜けるような疲労感はあるが、それで無様を晒すことを、アレクシアはしない。
そうでなくても、鏡華や燐耀には、ずいぶんと無理をしてもらってこれだけのお膳立てをしてくれた。何より、エリッサに対しても、あそこまで豪語した矢先である。
みっともない姿を見せるほど、根性無しではない──そのつもりだったが、鏡華はおろか、燐耀はもちろん、蒼真にまで気を遣われていたようだ。
「何の事かよう分からんが、無理をしとるのでなければ良い」
と、燐耀は白々しくとぼけて見せるものだから、アレクシアは必死に笑いをかみ殺した。
実際、自分でも思ったいた程、気持ちに重さや淀みは無く、むしろ今までに無い清々しさがあった。
「ふむ。出港のようじゃな」
燐耀が後ろの窓を振り返る。エリッサを乗せた哨戒艦が、警笛を鳴らしながら埠頭から離れていき、沖へ目がけて徐々に加速していく。
「しかしあの娘、これからが大変じゃろうのう」
「そう、ね……」
燐耀の同情に頷きながら、アレクシアもエリッサのこれからを考える。
罪が限りなく軽くなったとはいえ、事実が消えるわけではない。これからエリッサは、とても肩身の狭い、ともすれば茨の道と言っていいような日々を送ることになる。
「こっちでくたばった方が、案外楽だったかもな~」
「これっ」
それはもう悪い顔で茶化す蒼真の頭を、燐耀は後席からすかさず引っぱたいた。それで舵輪を切り違えることは無いのだから、蒼真の腕が良いのか燐耀が加減が上手がなのか。
ともあれ、
「蒼真の言う通りかもしれない」
二人の絶妙な掛け合いに感心しつつ、アレクシアは言った。
エリッサの今までの華々しさを考えれば、最初から〝出来損ない〟だったアレクシアよりも、悲惨なことになるかもしれない。
それこそ、エリッサの事を知る者が誰一人いない異郷で果てた方がマシだったと思えるくらいに。
けれど、
「エリッサなら大丈夫よ。元々、凄い才能を持ってるから、たとえ一人になってもやっていける筈」
だから──神聖帝国に帰ったエリッサがどうなろうと、もうアレクシアの知ったことではない。
「なるほど……確かに大丈夫そうじゃな」
「だから言ったろ。意外としぶといって」
安心するように肩をすくめる燐耀に、蒼真は当然だとばかり鼻で笑うと、話を変えた。
「……で、これからどうするよ? どっかに寄ってくか?」
「何を言うておる。アレクシアを拾ったら真っ直ぐ帰るよう、鏡華から言われとるじゃろうに」
「燐耀に賛成」
と、アレクシアも話に加わる。
「私もお腹空いた。それに、今夜は山牛肉の煮込みシチューだって言ってたし」
「何じゃと? それは真かっ!」
燐耀の金色の目がギラリと輝いた。
「ならば、こんなところで悠長に油を売っとる場合ではないではないか。これ蒼真、もっと飛ばさんかっ!」
「専用道路にも入ってないってのに、無茶言うな。つうか、当たり前のようにたかって来るんじゃねえっての」
「そんなに慌てなくても、大丈夫だと思う」
アレクシアは、笑いをかみ殺しながら言った。
「鏡華なら、燐耀が来ることも予想して、ちょっと多めに用意してるはずだから」
「なれば断るなどかえって無礼千万じゃな……というわけで蒼真よ、飛ばすが良い! さあ飛ばすがよい! さあ! さあ! さあ!」
「お、おま……余計なことを言いやがってっ……おい揺らすなバカっ!」
急かす燐耀が蒼真の座る運転席を揺らすものだから、浮揚機まで派手に揺れた。
アレクシアは、備え付けの手すりに掴まって揺れをやり過ごす。そのおかげか、海の方から届いた遠雷のような轟音を、この騒ぎの中ではっきりと捉えることができた。
あの音は、艦船が加速上昇する際に発する音だ。どうやら、出航した哨戒艦が海面から飛び立ったらしい。
しかし、アレクシアがそちらを見ることは無い。もう、振り返ることは無かった。
(……さようなら、エリッサ)
アレクシアは、しかしそれを見届けることは無く、心の中で別れだけ告げた。
(……さようなら、アレクシア・フローブラン)
そして、一かけらほど残っていた、最後の未練も断ち切った。
新たな自分として、新たな道へ踏み出すために。




