3:異郷の乗り物
「それじゃ、片づけはよろしく」
「はぁ~っ?」
「私達はとっても忙しいの。ほら行くわよ、アレクシアちゃん」
と、キョーカはソーマの不満など無視して後始末を押し付けると、有無を言わさずアレクシアの手を掴んで自分の部屋に引っ張り込んだ。
「言ったでしょ。今日は楽しいお出かけだって。というわけで」
キョーカは、やけに大きなクローゼットを勢いよく開け放つ。そこには、ずらりと並ぶ服の数々。
「まずはこれとこれに、あとこれも良いかしらね~」
もはや目についた端から次々に引っ張り出し、かと思って見ている間に、アレクシアのユカタを手早くにひん剥き、
「×××××~、××××××××××~」
陽出の言葉でぶつくさと言いながら、着せ替えていくキョーカ。言っていることは分からないが、表情を見る限り、それも微妙らしい。
その姿は、年頃の娘をめかしこんでいく母親そのもの。事実、アレクシアの母がそうであった──姉に対してのみで、アレクシアの事など見向きもしなかったが。
「……まあ~とりあえずだし~こんなものかしらね~」
ちょっとしたお化粧も交えつつ、たっぷり小一時間後──キョーカは、納得も満足も出来ない、妥協に妥協を重ねたと言わんばかりの嘆息を吐き出した。
姿見で自分の姿を確かめてみるが、神聖帝国で出回っている服とは、材質からしてまるで違うため、モノの良し悪しについては何とも言えない。
「ここは、第三者の意見も聞いてみようかしら」
と、キョーカはアレクシアを部屋から引っ張り出すと、玄関で待っていたソーマの前でくるりとアレクシアを回して見せる。
「若者の意見としてはどうかしら?」
「……良くイエバ無難。悪く言えば物足りナイ」
「そりゃ私のお古だもの。こんなんで物足りないのは当然よ」
ソーマの評価は微妙ながら、キョーカは気分を悪くした様子はなく、むしろ肯定するような深々と頷き、
「今日のお出掛けはそのため……アレクシアちゃんをふさわしい姿にするためよっ!」
と、キョーカは何やら妙な決意に溢れた顔で、拳を握りしめる。
「あ、あの……私は、すぐ出ていくし、これ以上は」
キョーカの好意と決意に水を差すかとも思い、アレクシアは躊躇いを見せつつも、固辞するが、
「アレクシアちゃんくらいの女の子が、こんな間に合わせのおめかしで満足するなんて、あってはならないのよっ!」
キョーカには、てんで届いていなかった。
「諦メロ」
ソーマはその言葉の通り、全てを悟って諦めたかのような嘆息を吐き出した。
「タダでさえ、最近暇を持て余しテた。大人しく付き合うヤッテクレ」
*****
履物まで用意されていた。もちろん、庭先を歩き回るようなサンダルではなく、しっかりした代物だ。これもまた見たこともないが、履いてみればとても軽く、しかも動きやすい。聞けば、動きやすさを重視した運動用とのこと。
「……それではお客様、あちらにお乗り物を用意してございま~す」
表に出たアレクシアにキョーカが示したのは、横長で硬質かつ丸みを帯びた箱とでも称する奇妙な代物だった。
腹側の四隅から伸びる支柱がその箱を支え、周囲には窓が張られ、左右には窓と一体化する形で乗り口と思われる扉が設けられている。
一見すると馬車や竜車のようだが、どうやって動かすのだろうか。そもそも、取っ手らしい取っ手も無いのに、どうやって乗り込むのだろうか──などと思いながら近づくと、扉は滑るように開いた。こちらからは触れもせずに、である。
「これは自動浮揚機と言ってね、陽出の代表的な乗り物で……まあ、百聞は一見に如かずよ。ほら、乗った乗った」
キョーカに急かされて、後ろ側の座席に乗り込む。腰かけてみればとても柔らかい。帝国貴族の馬車でも、こんな上等な椅子は備えられていない。だというのに、ソーマとキョーカは、当然のように前側の左右の席に腰を下ろした。
すると右側の席──キョーカの前に、奇妙な突起がせり上がる。形から見ると、船の舵輪のようにも見えるから、あれで操るのだろうか。
「それでは、発進~」
キョーカがそれを握り締めると、自動浮揚機とか言う箱は静かに浮かび上がり、支柱の突起が引っ込むと、滑るように動きだした。
(す、凄い……)
門を出てから数分足らずで、アレクシアはそれを直感で理解した。
音は小さく、揺れは無いに等しい。しかも、馬も竜も無しに、しかしそれらに引けを取らない速さ──と思っていれば、民家の並びを抜け、より大きな通りに入れば、更に加速した。帝国の貴族が速さ自慢する駿馬や駿竜などとは、比べものならない速さにまで。
詳しい仕組みが分からなくても、その凄さを理解できる──それほどまでに、高度な乗り物であった。
そしてそんな代物が、自分たちの周りにいくつも走っている。更に大きな通りに出れば、建物が丸ごと動いているかのような巨大なモノまで。
「あの……今日って、大きなお祭りでもあるの?」
「? イヤ、無かったと思うガ、どウシた?」
「だって、こんな凄い乗り物が、こんなにたくさん走ってるなんて」
「浮揚機の専用道路ヲ、浮揚機がたクサん走っテ何がオカシイ?」
「ソーマ」
どこかかみ合わない要領を得ない問答を繰り返す二人を見かねたのか、キョーカが苦笑交じりに割り込んだ。もちろん、その間にも浮揚機の操作を怠ることは無い。
「×××××、×××××」
「××……××××××××」
陽出の言葉での短いやり取りをして、ソーマは納得したように頷くと、何やら思案し、
「マズ、お前ガ今驚いて見ているアレコレは、陽出じゃアタリ前で普通なンダよ」
「当たり前って」
高度な乗り物がいくつも走る光景が、当たり前──絶句するアレクシアに、ソーマは話を続ける。
「確かに浮揚機は、ポンと買える乗り物ジャナイし、ウチは大人と子供が二、三人クライ食べて寝るにはコマラナイ程度に裕福ダ。デモ、お前達の国で言う〝平民〟の域は超えてない。そもそも、庶民だの貴族だの……そんな〝身分〟なんて考えガ、陽出に無イ」
「えっと……」
ソーマの言葉が拙いというのもあるのだろうが、アレクシアの理解は追いつかない。そもそも、〝身分が無い〟というのが、アレクシアには今一つピンと来なかった。
「まあ、口で言って何もかも分かるなら、苦労はしないわね。こういう場合は、見て聞いて触ってみるのが一番よ」
「おい、ちょっと待ぁっ!」
「~~~~~っ?」
浮揚機が急加速した──それを認識するよりも先に、アレクシアは背もたれに押し付けられた。