5:最後の決着と決別
轟音と共に頭上を過ったのは、五つの巨影。
スサノオ級大型戦艦を旗艦とした空飛ぶ艦隊──否、空の牙城群。
小振りであるというアマカゼ級を一隻目にしただけで、アレクシアは言葉を失ったのだ。それ以上の大きな船が、いくつも並んで頭上を通り過ぎていくのを目にしたエリッサはといえば、
『……』
口を半開きにしたまま凍り付いていた。
『もちろん、あれで全部じゃないわ。軍隊だから細かい数字は公表されてないけど、少なくとも十や二十じゃ利かないことは確かね』
『……な、に?』
『それと、〝大地の障壁〟よりもずっと高い場所を飛べるし、地平や水平の彼方から正確に届かせて当てられる武器もたくさん積んでる』
『……』
『貴方が言うところの、〝穢れた種族の野蛮な世界〟っていうのは、そういうのが当たり前にあって当たり前に作れる国なのよ。そんな国を相手に、神の御名の元に滅して~なんて手を出したらどうなると思う? 逆に、何かの気まぐれで神聖帝国を侵略しようなんてことになったら?』
『もう、いい……』
よろめくエリッサの体を、アレクシアはすかさず支える。さすがに言い過ぎたと内心反省しつつ、更に続けた。
『でも、陽出はそんなことはしない。自分から侵略しようなんて意思は無いわ』
もちろん、やられたらその分だけやり返すだろう──十二年前、大軍勢で侵攻してきた神聖帝国軍を、完膚なきまでに叩き潰したように。
『……何故、そう言い切れる?』
『あれを見て』
沖に浮かぶ、山のような巨木──〝海の庭園〟を、アレクシアは示した。
『陽出は、神聖帝国や大陸じゃなくて、もっと〝外〟──誰にも踏み入られていない、〝未開の地〟を目指してる』
誰かが切り開いた誰かの場所を奪い取るのではなく、自ら切り開いていく道を進むために。
そして、アレクシアもその道に進むことを選んだ。
〝船乗り少年の冒険〟で、未知の世界を憧れ、そのために行動し続けた、あの少年のように。
知らない事が、まだまだたくさんあることに気付いたから。
知るべき事が、まだまだあることに気づいてしまったから。
だから、
『腐れきった国に構ってる暇なんても無いってことよ』
改めて、かつての祖国と決別した。
『腐り切った、だと……っ?』
エリッサの目に、強い怒りが帯びる。アレクシアに支えられていることに気付いて、それを乱暴に振り払い、
『神の加護を受けた神聖帝国が、腐っているだとっ?』
『答えない神に加護に縋って停滞する……これが腐ってるんじゃなくて、何だというの?』
かつてのアレクシアもそうだった──エリッサに痛めつけられ、親兄弟から見放され、救いを求めて神に祈ったことは何度もあった。その全てが聞き入れられず、同じ数だけ絶望し、神に恨みを吐きつけた。
見たことも無い上にいるかどうかも分からない存在──それが今のアレクシアの中にある、〝神〟に対する印象だった。
『捕まっている間、貴方はどうだった? 神に祈って、一つでも聞き届けられた? 一度でも答えてもらえたかしら?』
『……っ』
エリッサの答えは無い──当然である。
エリッサの願いが、一度でも聞き届けられたなら、そもそも彼女はこんな場所にいない。
『……そろそろ行きましょう』
アレクシアは浮揚機を再起動し、発進させた。
それからは一切言葉を交わすことは無かった。
*****
指定された港の埠頭までやって来ると、工房で別れた黒服が待っていた。
「申し訳ありません。遅れてしまって」
と、アレクシアは社交辞令で謝罪するが、どこで何していたかなど、彼らには筒抜けだろう。エリッサと二人きりだったように見えるが、実際には護衛や監視が張り付いていた。
「お疲れ様です。では、後はこちらで」
黒服は短く返すと、エリッサを引き取り、
「あ~そこの神聖帝国人っ、ちょっと待つが良いっ!」
停泊している船へ連れて行こうとしたところで、呼び止められた。直後、見覚えのある──どころか、毎日目にしている浮揚機が、その場に滑り込むような勢いで停車した。
「うむ、間に合ってよかったぞ……そなた達、そう警戒するでない」
助手席から銀髪をなびかせて、燐耀が降りてきた。身構えていた黒服達が警戒を解く中、燐耀の魔力に当てられたか、エリッサが総毛だったまま凍り付く。
「さすがお姫様。〝顔〟が通行証になってら」
運転席から降りてきた蒼真が、その様子を見てさも感心したように口笛を吹く。
「貴方たち、どうして」
「お袋の頼まれたんだよ……お届け物しろってな」
と、蒼真は足早に浮揚機の後部に回り込み、荷物入れから横長な造りの箱を引っ張り出した。それを、エリッサの前で下ろし、
「そんじゃ……『確認ヨロシク~』」
神聖帝国に切り替えて言うと、箱の蓋を開ける。
『! 〝祓魔の嵐〟だとっ?』
納められていたのが、家宝の聖剣であることを確かめて、エリッサは目を剥いた。
『貴様のような下民が何故それをっ?』
『俺の母親ガ、拾ったラシイ。ウチの裏山で』
怒声で喚くエリッサに、蒼真は淡々と答えた。
確かに、あの裏山は高桐の敷地だし、ドンパチの最中に取り落としたなら、あそこに置き去りになっていて当然である。
『まあ、アンタの手元に戻るノハ、向こうに着いてカラだろうケド』
蒼真は面倒そうに言いながら蓋を閉じると、箱を黒服の一人に渡した。
「引き留めてスイマセンです。こっちの用事は終わりましたんで~」
ヘコヘコとわざとらしく頭を下げる蒼真に対して、黒服は無表情で頷くと、エリッサを船へと連れていく。乗り込むのは、国境警備を主とする哨戒艦で、速度重視のためか小振りである。もっとも、それは先ほど見た戦艦に比べればの話であって、神聖帝国では大型船に分類されるだろう。ここでもまた、互いの圧倒的な差は明白になった。
『……ねえエリッサっ』
昇降用の階段を上り、船の中へ入ろうとしたエリッサの背中に、アレクシアは声を張り上げた。
『貴方の言う通り、私はこの陽出という世界に染まってるのかもしれない。だから──馬鹿にされても虐められても見放されても、我慢して泣いてれば良かったあの頃とは違うわ』
恨み、憎しみ、羨み、憧れ──エリッサに対する僅かに残った蟠りを、全てぶつけるつもりで。
『貴方はどうなのよ、エリザヴェータ・シュトロアっ? このまま可哀想な〝悲劇の娘〟で終わるつもり? 〝出来損ない〟に出来て、〝稀代の天才〟に出来ないなんて、まさか言わないわよねっ?』
答えはなく、振り返ることもせず、エリッサは船の中に消えていった。
どこまで届いたか、そもそも聞こえていたのかも怪しい。
けれど、それでもいい──もう、エリッサに対してするべき事は無い。
彼女の心情など分かるはずもないし、分かろうとも思わなかった。
「……お疲れさん」
蒼真に肩を叩かれ、アレクシアは我に返った。




