4:憎悪、嫉妬、羨望……その根底
すでに浮揚機は町中を抜け、光の道──正しくは、〝空中光帯道路〟と呼ばれる道に入り、周りは摩天楼と並走する浮揚機だけの景色に変わっていた。夕空の光が、摩天楼の街並みを茜色に染めている。
逃走防止のため、窓は出来るだけ開けるなと言われていたが、既に地上は目も眩むほど遠く、速度もかなり出ている。今飛び出せば、術を封じられているエリッサに命は無い。
『この町が、まさか見えてないわけじゃないわよね?』
『……冒涜の象徴など見たくもない』
エリッサは、目を背ける。入ってくる風も、煩わしそうにして。
『天は神の領域。そこへ届かせようなど、冒涜以外の何物でもない。ましてや、下等種族の作り出したモノなど、所詮見かけ倒しだ。神聖帝国が総力を挙げれば、枯れ木同然に』
『壊すだけなら、総力なんて必要ないわよ。貴方なら、上手くやれば半日で二つ三つくらいは瓦礫に出来るはず』
冗談ではなく、エリッサの法術なら、それくらいは出来る。
壊すだけならば。
『でも、同じモノを神聖帝国に作ることが出来るかしら? 見かけ倒しだとしても、神聖帝国の全てを出し尽くしたとして』
『今の話を聞いていなかったのか? 神の領域に届かせる建物など神への冒涜だと』
『建物ぐらいで冒涜なら、それ以上のモノはどうなるのかしらね?』
『……どういうことだ?』
『すぐに分かるわよ』
アレクシアは機内に備え付けられた時計に目を向け、舵輪を切って光の道から抜ける路線に入った。
*****
しばしの無言の走行を経て、やって来たのはアレクシアが前に来た海を一望できる高台。あの時と同じで、雲一つない夕空が広がっている。こんな時でなければ気分よくクレープでも食べられたのだが、今日は屋台は出ていないようだ。
『ちょっと早すぎたみたいね。でも丁度良いわ。さっきの話を続けましょう』
さっきの話──エリッサが散々喚いたおかげで話が逸れていたが、エリッサの強制送還の話には続きがある。
『私も昨夜聞かされたんだけど、貴方のこれから……神聖帝国に帰ってからの事も話しておくわね』
強制送還を始めとするエリッサの今後については、鏡華から聞かされた。何でも、〝みっちりがっつり〟でアレクシアが駆け回っている間に、どうやったのか、ディマンディから報せられたらしい。
結論から言えば、
『とりあえず、完全に無罪ってわけにはいかないけど、限りなく減刑されるみたい』
大まかな筋書きとしては、次の通り──。
〝混沌の東地〟における諜報や調査活動を行う予定だったエリッサだが、その成功を確実にするために禁術に手を出した。その実験台としてアレクシアに使ったが、失敗してしまった。
これらの事情が発覚したものの、既にエリッサは現地に赴いた後。なので、任務の成功と帰還という功績でもって相殺し、罪を限りなく軽くする。
──とのことらしい。
『こうなった以上は、帝室法術師候補の話は無かったことになるけど、極刑よりはずっと良いでしょ』
『貴様……っ』
『色々と思惑はあるんだろうけど、貴方のお父様……シュトロア公もだいぶ奔走したそうよ。帰ったら、しっかり感謝して』
『貴様が言うなっ!』
エリッサが、憎悪を込めた目で怒声を放った。
『誰のせいで……誰のせいでこうなったと』
『貴方自身のせいよ、エリッサ』
筋違いの憎悪と罵声を、アレクシアは冷たく突っぱねる。
『貴方が今、こんな風になっているのは、軽々しく禁術なんかに手を出したからよ。禁術が、どうして〝禁術〟なんて呼ばれて封じられているのか……その意味も、よく考えもしないでね』
『ち、違……っ』
否定しかけたものの、しかしエリッサは逃げるように目を逸らした。
それが、何よりの答えだった。
『だから貴方は』
言いかけて、アレクシアはふと言葉を止める。そして、自嘲するように鼻で笑った。
『そうね、貴方の言う通りよ。私には、偉そうに貴方に説教する資格なんて無いわ。だって私は』
それを思い出して、沸き上がってきたのは怒り。
『私が一番憧れていたのは、そんな貴方──エリザヴェータ・シュトロアだったんだもの』
自分自身の弱さや不甲斐なさに対する、痛みを伴う怒りだった。
*****
名家に生まれ、才能に恵まれ、嫉妬も羨望も名声も欲しいまま、将来を約束され──誰の目から見ても全てを持ち得たエリッサの事を、アレクシアは誰よりも妬み、誰よりも羨んでいた。
数えきれないほど罵られ、嘲られ、痛めつけられ、終いには濡れ衣を着せられ──そんな暴虐を平然と与えてくるエリッサの事を、アレクシアは誰よりも憎み、誰よりも恨んでいた。
だからこそ──自分と真逆なエリッサの事を、アレクシアは誰よりも憧れていた。
だからこそ──自分では叶えられない夢を、アレクシアはエリッサに求めていた。
全てが覆った失望と幻滅は、酷い痛みをアレクシアに与えた。
ほんの僅かでも嘲笑う気になれない程、どうしようもなく哀しかった。
アレクシアにとって、エリザヴェータ・シュトロアとは、それほどまでに大きな存在であった。
弱さ、不甲斐なさ──自分の醜さを覆う隠れ蓑にするほどに。
だから、
『私は、〝出来損ない〟に……悲劇の少女に甘えてしまってたって、今なら分かるわ』
だから父に見放された。
だから母に諦められた。
だから兄に唾棄された。
だから姉に安堵された。
だから教師や同級生らから、同情と侮蔑の嘲笑を投げられた。
だから──アレクシアの周りには、誰もいなかった。
『そんな自分を変えるためにも、私はここに残ることにしたのよ。それで……と、来たわよ』
遠来のような轟音が響き、アレクシアは話を止めてそちらを示した。
『〝天に届く建物〟以上の、神への冒涜が』




