5:そして、アレクシアの決意
『お前のお父上には、娘は異郷の果てでくたばったと伝えといてやるよ。強力な法術で、跡形も残らなかった、ともね』
池の縁に立ったディマンディは、懐から法具を取り出した。アレクシアの転移に使ったモノに似ているが、術式が少し違う。
『それじゃ、せいぜいしっかりやりな』
言いながらアレクシアの肩を叩いたディマンディは、術式を起動──池の転移法陣が起動し、神聖帝国への道を作り出し、
『次会う時は……いや、まあそんなことはもうないとは思うけどね、もしそういうことがあったら、みっともない姿見せるんじゃないよ』
捨て台詞とも激励とも取れる言葉を残して、光の向こうに消えていった。
「で、具体的にはどうするの?」
ディマンディの転移を確かめると、鏡華が陽出語で問いかけてきた。
「〝出来損ない〟から変わるためにも……そのために、貴方はどうするつもり?」
鏡華は、静かにアレクシアを見据える。静かだが、決して隙の無い──アレクシアの迷いやいい加減な気持ちを、欠片も見逃さないとばかりに。
燐耀のような射抜くような眼光ではなく、むしろ飲み込まんばかりの深い眼に、しかしアレクシアは大きく息を吐きだして、はっきりと答えた。
「〝海の庭園〟に乗ル」
「おいおいおいおい」
アレクシアの短い答えに、蒼真が吹き出しながら割り込んだ。
「アレは、大金積めば乗れるような豪華客船じゃないんだぜ?」
「うむ。家柄も血筋も種族も無意味、問われるのは実力と実績……幾重もの選抜試験を潜り抜けられるのは、千人に一人とも言われておる」
蒼真に続いて、燐耀も釘を刺してきた。
「妾のような〝お姫様〟とて、その例外にはなれんじゃろうの」
「知って、ル」
言われなくても、知っている──勉強の一環で、〝情報の海〟や雑誌などに目を通して、アレクシアなりに調べていた。
〝海の庭園〟とは、言うなれば〝海上を移動する都市〟である。その主な目的は、未開の地を発見し、未知の領域に挑むこと。そのために必要な技術、知識、資材、設備、それらを操る人類や亜人──いくらあっても足りないそれらを乗せて運ぶには、〝船〟などいくらあっても足りないのだった。
現在における、そしてこれからも最新の技術が導入され続けており、それは、人類も魔族も例外ではなく、並外れた実力や実績が必要だった。
「乗るノハ、トテモ難しい。神聖帝国で言エバ、平民が貴族の助ケも無しに、帝室法術師になるヨリモ、難しい」
実力主義とされている帝室法術師だが、やはり皇帝の直属である以上は、それ相応の家柄が求められる。家柄も実力のうちだと言わんばかりに。
生まれも育ちも平民で、何の後ろ盾も無い者が帝室法術師になることは無い。その機会に与ることすら、まずあり得ない。
たとえ四大賢人にも匹敵するような法術の才覚があったとしても。
「でしょうね」
と、鏡華も頷き、
「それでも、貴方は〝海の庭園〟を目指すの?」
「ハイ」
だからこそ──アレクシアは、即答した。
「ソレを潜り抜けラレタなら、誰にも文句は言われナイ、言わせナイ」
上等──そんな言葉を満面に張り付けた笑みを浮かべて見せた。
「……そう」
と、鏡華は満足そうな笑みで頷いて見せ、ふと意地の悪さを滲ませ、
「でも、実力実績以前に、自分で生活することすらままならない今の貴方じゃ間違っても無理ね。〝海の庭園〟に乗るどころか、選抜試験を受けることすら、夢のまた夢だわ」
「分かっテル。だから今日から」
「さすがに今日はやめときなさい。その代わり、明日からはみっちりがっつりやるわよ~」
息巻くアレクシアに、鏡華は、それはもう、素敵な笑みで浮かべて言った。
それを目にして、蒼真はおろか燐耀ですら青ざめ、
「頑張れよ~」
「幸運を……」
それはもう、同情的な応援を送ってきた。
アレクシアがその意味を思い知るのは、翌日の事だった。




