3:歴史の真相
『さて、私らはそろそろお暇するよ』
と、ディマンディは足元のエリッサを肩に担いだ。
『さんざん面倒をかけたが、こいつの事も含めて、後の始末はこっちできっちりやっておくさね』
『……それなんだけど』
鏡華は、何やら渋面を浮かべ、
『貴方やアレクシアちゃんはともかく、そのエリッサって娘だけは、簡単にハイサヨナラってわけにはいかないのよね』
『エリッサだけが? そりゃまたどういうことさね?』
『さっき連絡があったのよ。窃盗と強盗で逮捕状が出てるから、出来るだけ抑えておけって』
『『……はぁっ?』』
あまりにも分かり易くて、あまりにも意外な理由に、アレクシアはおろかディマンディすら絶句した。
『ちょい待て……いや、本当にちょい待て……』
ディマンディは、珍しく混乱を隠せずに訊ねた。
『そりゃまた、どういうことさね? 窃盗だの強盗だのって、どういう意味さね?』
『どうもこうも、文字通りの意味よ。残念だけど』
念を押して訊ねるディマンディに、鏡華は渋面のまま、念を押して答えた。本当に残念そうに。しかし、どこか楽しそうに。
『アレクシアちゃんは覚えてるんじゃない? 昨日の報道番組で言ってたこと』
報道番組──ここ最近続いているという、あの物騒な事件。
『それじゃ、空き巣とかひったくりとか強盗って』
『そういうこと。しかも〝強盗〟だからね。ケガさせただの、物を壊しただのも、結構あるらしいわ』
『エリッサ、貴方……っ』
ディマンディに担がれたエリッサを、アレクシアは愕然とした目を向ける。
モノも言えなくなるほどの呆れとは、こういうことなのだろう。落ちぶれる時はここまで落ちるのかと、半ば現実逃避のように思った。
『……わかった、うん、よくわかったよ……』
『ぐぇっ!』
疲れ切った嘆息と共に、ディマンディは吐き捨て、肩のエリッサをゴミ同然に投げ捨てた。もう面倒くさいとばかりに。
『神聖帝国のお偉方には私から伝えておくから、そいつの事はあんたらに任せた』
底の知れないディマンディだが、今の気持ちに限っては、アレクシアにはとても理解できた。
『アレクシアも、それで良いな?』
『あ、はい……お願いします』
アレクシアには諦めるしかなかった。ディマンディすら匙を投げたのでは、もはや自分の手には負えない。
『分かったわ……そういうわけですので、後はそちらにお願いします』
振り返った鏡華の視線を追えば、そこには黒い服の男が二人、いつの間にか立っていた。
人類のようだが、目の前にいるというのに存在感そのものすら希薄である。明らかに、何らかの暗部に身を置いている者達だろう。
二人は黙って頷くと、小さなもの音すらさせないまま軽々とエリッサを持ちあげ、静かに運んで行く。文字通りの、荷物として。
『まあ、でも……あの娘のしたことで、それほど酷い被害は出ていないそうよ』
エリッサを運ぶ黒服達が門の向こうに消えると、鏡華は話を続ける。
『派手にドンパチした裏山もウチの敷地だし、私も大事にするつもりもないわ。貴方の時と違って、時間はそれなりにかかると思うけど、あの娘が帰れないってことは、まず無いわよ……というか、嫌でも帰ってもらうことになるでしょうね』
『そりゃ結構……にしても、呆気ないというか締まらない幕切れさね』
ディマンディはつまらなそうな吐き捨てると、アレクシアの方を向き直り、
『そんじゃ、私らもそろそろ帰ろうかね。帰りは転移法具を使うから』
『その前に』
アレクシアは燻っていたもう一つの疑問を投げかけた。
『キョーカのさっき言ってた〝貴方の時〟とはどういうことですか? キョーカとお師匠様は、どういう関係で?』
『まあ、色々あったのさ。生きてりゃ妙な縁を結んじまう、てね』
などと、ディマンディは無駄に気取って言うが、明らかにはぐらかしていた。以前ならそれを鵜呑みにして退いたが、今は違う。
『色々……それって、お師匠様が参戦したっていう十二年前の〝東洋戦役〟のことですか?』
『まあ、そういうことだね』
『それじゃ……神聖帝国で語られている歴史は、どこまでが真実なんですか?』
直球で投げつけてきた質問に、ディマンディは一瞬戸惑うように言葉を詰まらせ、ふと何かに気づいたように鏡華を睨み、
『……おい、こいつに何を吹き込んだ?』
『読み書き練習を兼ねて陽出社会の一般常識ってところね~』
そのくらいと言いつつも、鏡華の態度は、明らかに何かを含ませるようなそれ。
『それと、こっちからも逆に訊くけど……神聖帝国では若者に何を教えているんですか?』
それっきり、鏡華は黙りこんだ。後はディマンディの役目とばかりに。
ディマンディは、諦めたように肩を竦め、
『……結論から言えば、真実はほんの一部しか無いね』
アレクシアの問いに、真面目に答えた。
*****
過去、幾度となく衝突を繰り返してきた神聖帝国と陽出乃国。
近年における大規模な戦争といえば、十二年前の〝東洋戦役〟である。
大規模戦力で海を渡ってきた陽出の軍勢に対し、神聖帝国軍は多くの犠牲を出しながらも撃退した──これが、神聖帝国で語られている十二年前の、そしてその前から幾度となく起こってきた戦争の英雄譚であった。
神聖帝国においては。
『神聖帝国はね、百隻超の大船団とウン万人の大兵団による遠征軍で陽出に侵攻したのさ』
『侵攻……帝国の方から、攻め込んだんですか?』
『そうさ。陽出の講和交渉をアタマっから跳ね除けてね。その半日後には自慢の大兵団は海の底に沈み、更にその二日後には、報復と制裁と警告を兼ねて、陽出の軍が大陸の東部沿岸の軍事拠点を徹底的に叩き潰した……と、大体こんな感じだね』
一気に喋り切ったディマンディは、小さく息を整え、
『要するに、先に喧嘩を押し売りして、あっさり返り討ちにされたっていう〝間抜け話〟が真相さ。神聖帝国じゃ、さも都合よく英雄譚とか被害者ぶった話とかで語ってるがね』
何故そんなことを──そんなのは、愚問だろう。
それだけの兵力を用意して海を渡ったのに、一矢報いることすら出来ないまま手酷く返り討ちにされたなどと、神聖帝国にとってはこの上ない屈辱だろう。ましてや、それが魔族だの蛮族だのが相手とあっては。
『法具工兵として参加してた私は、運が良いのか悪いのか、ドンパチの最中に海に投げ出されちまってね。そのまま陽出に流れ着いたところを拾われて、匿ってもらって、密航用の船まで用意して貰ったのさ。ここの旦那にね』
『とまあ、ディマンディは簡単に言ってくれるけどね』
鏡華が、忌々しそうに割り込んできた。
『当時はまだ〝戦時中〟だったからね。色々と大変だったのよね、特にウチの旦那がね』
『本当に世話になったよ、ここの旦那にはね』
『そうそう、うちの旦那にね』
物凄い火花が、二人の間で弾けた──ような気がした。
いったい何が──などという質問を、アレクシアは呑み込む。突っ込んではいけないと、本能が警告してきた。
『正直、私はディマンディとの口約束なんて忘れかけてたわ』
当時の事を思い出したのか、鏡華は遠い目をしながら縁を見上げる。そこに飾られているのは、蒼真の父親の遺影。
『私じゃなくて、旦那との約束だったからね。池がいきなり光って、ボロボロのアレクシアちゃんが現れた時はびっくりしたけど、それでようやく思い出したのよね』
『忘れてたとか言いつつ、しっかりアレクシアの面倒見てやる辺り、旦那同様の世話焼きなのは相変わらずさね』
『私はこれでも義理堅いの。忘れかけてた約束だろうとね』
『白々しい……とまあ、そういう関係さね。だから、旦那には改めて礼を言いたかったんだけどね~』
ディマンディの目も、いつの間にか〝旦那〟の遺影に向いていた。いつになく、どこか寂しげな色を浮かべて。
『けどまあ……もう一人の顔を見れただけでも良しとするよ』
振り返ったディマンディの視線を追えば、門の潜り戸から蒼真が入ってきた。




