2:大人たちの悪巧み
『お~戻って来たね~。お疲れさ~ん』
山を下りて高桐邸の庭に回ると、労いがかけられた。縁側に座って茶をすすっているのは、アレクシアの予想通りの人物だった。
『お久しぶりってほどでもないか。二週間そこらだしな~』
この軽薄な笑み──紛れもなく、アレクシアの師だった。
名をディマンディ・アイアグラン。
四大賢人が一柱──〝剛鋼の輝石〟のアイアグラン家の血族であり、法具師として名を馳せた異端にして異才の女傑であり、悪戯好きなアレクシアの母方の叔母である。
『お会いできて嬉しい、と言いたいところですけど……』
アレクシアは、刺すような目でディマンディを睨みつけた。
『グルだったんですね。鏡華も、お師匠様も』
そもそもにして、転移術式が陽出の一般家庭に設けられている時点でおかしな話であるし、更には法術師用の拘束衣である。後は、これまでの状況も含めて考えれば、行き着く結論はそれしか無い。
『グルって程じゃないさね』
アレクシアの恨みがましい目に、ディマンディはどこ吹く風だった。
『何かあったらお互い面倒を見てやるっていう、昔の口約束を果たしてただけさね。その証として、当時はまだ考案の段階だった転移術を池に仕込ませてもらってたのさ。池の底だし、それだけならただの変わった模様だからね~』
『なるほど……それで、お師匠様はどこまで知ってるんですか?』
それは問いではなく確認──ディマンディは、策士としても優秀だ。事の全容を理解していてもおかしくはない。今こうしている事だって、筋書の内だろう。
『そうさなぁ……』
ディマンディは、蒼真や燐耀にも引けを取らない悪い笑みを浮かべながら腰を上げ、
『そこのシュトロアの秘蔵っ子が、禁術を使って取り巻き連中をボロボロにした挙句、それを全部アレクシアに擦り付けようとした』
歩みを進めながら、一つ一つ確かめるようにゆっくりと告げていき、
『……そんな推測であれこれ動いて、やっと確証を得たのがついさっきってところかね』
エリッサの傍まで歩み寄ったところで、ディマンディは鏡華に視線を向ける。
『あ~はいはい』
ディマンディの意図を理解した鏡華はケータイを取り出し、表面に指を走らせる。
すると、
『大体の事情は聞いてるけど、どう考えても貴方の自業自得だわ。いらない欲を出して、使っちゃいけない禁術を使ったりしたのが、そもそもの原因じゃないのよ』
『私は法術師だっ! より大きな法術に挑んで何が悪いっ!』
聞こえてきたのは、山を下りる途中で交わされた、鏡華とエリッサの会話だった。ケータイの機能で、しっかりと録音していたらしい。なかなかどうして、鮮明な音質だ。
『う~ん……何だかねぇ~……さっきから貴方の話を聞いてると、二言目には、アレクシアちゃんのせいだ~出来損ないのせいだ~が出て来るわね。そうなると、それっぽい大義名分はあくまで口実で、貴方個人で言えば〝口封じ〟ってことになるわよ?』
『何がおかしいっ? そんな出来損ないのクズ、泥を被る以外に何の役に立つっ! 仮にも貴族の端くれなら、役に立って死んでいける分、ただ捨てるよりよっぽど──』
鏡華は、そこで音声を止めた。うんざりしたような空気になる中、エリッサだけが青い顔をしている。声だけとはいえ、自分の醜態を客観視したのだから当然かもしれない。
『……つまり』
うんざりした気分も込めて、アレクシアは詰問をディマンディにぶつけた。
『ほぼ最初から当たりを付けてたってことですね』
『……そりゃそうさね。大体にしてね、話が最初から腑に落ちないことばっかりじゃないか』
ディマンディも気分を悪くしたのか、深々と溜息を吐き出しながら答えた。
『禁術を盗み出すなんて簡単に言うけどさ~、そんな簡単に破れるようなヤワな封印じゃないからね。そもそも、あのアレクシアに〝禁を犯す〟なんて肝っ玉があるわけないしね。となると』
ディマンディは、足元に目を向ける。
『次に怪しくなってくるのは、〝一次目撃者〟で〝通報者〟で、〝稀代の才覚〟を持った天才法術師様さね』
言い逃れしようのない証拠を晒されたためか、エリッサの顔色は真っ青になっていた。
『でも、仮にもお父上は四大賢人の一人で、本人もそれなりに知恵は働く。絶対横槍を入れられただろうし、余計に警戒されるだろうからね』
『だから、徹底的に遠ざけるために、アレクシアちゃんを餌にしたわけね』
『もちろん、陽出の情報収集もしっかりやってもらうつもりだったがね。期待の天才法術師の見識を広めることも兼ねて……だったんだけどねぇ』
『……っ』
ディマンディの皮肉めいた視線に、エリッサは呻きながら目を逸らす。
その結果、アレクシアと視線が合ってしまった。声が出せない代わりなのか、強烈な怨嗟を込めて睨まれるが、アレクシアの心は毛ほども動かなかった。
そんなエリッサに、ディマンディは鼻を鳴らし、
『この様子じゃ、任務も課題もそっちのけで、すっかりアレクシアに気を取られてたみたいだね。全く、困ったもんだよ』
それが狙いだったくせに何と白々しい言い草だと思う。けれど、ディマンディがこういう性格だというのは分かっているので、アレクシアには今更とやかく言う気は無い。
それよりも、
『それで、神聖帝国の方で何か分かりましたか?』
『おかげ様でね。例えば……あの一件で巻き添え食ったそいつのお友達なんだがね~』
と、ディマンディは勿体ぶったように言いながら、エリッサに目を向ける。それを追う形で、アレクシアも横目で窺えば、エリッサはやけに苦い顔をしていた。
『よくよく調べてみれば、あら不思議、致命傷になったのは禁術による精神汚染じゃなくて、誰かさんがぶっ放した風雷系法術だったっていうじゃないか』
『……え……』
誰かさんの風雷系法術──あの場で、複数人の法術師を一度に吹き飛ばせるほどの攻撃法術を瞬時に行使できるものなど、一人しかいなかった。
『でさ、歩けなくはなっても、まともなお話が出来る奴が一人だけいただろ』
アレクシアの記憶では、エリッサの取り巻きの中で最も強い法力を持っていたはずだ。
エリッサの法術に耐えられる程度には。
『そいつに網を張ってみれば、見事に引っかかったよ……毒を盛りに来たっていう暇人がね』
アレクシアだけなく、取り巻きまで。
寄り添い続いてきた、近しい者まで。
口を封じて、切り捨てようとしたのだ。
己の保身のために、平気で。
『最初こそ、〝四大賢人の娘〟ってのにビビりまくって、ダンマリだったけどね、自分も殺されかけてるって話をしたら、あっさりとゲロったよ……もちろん、身の安全と引き換えに、だけどね』
ディマンディのエリッサに向ける皮肉めいた目が、むしろ感心のそれに変わった
『凄いもんだったよ。禁術だけじゃなく、稽古って名目で手下をけしかけて攻撃法術の的にしたとか、男どもに犯させて小遣い稼ぎしようとしたとか』
『それ、は……っ』
これには、アレクシアの方が呻いた。
男子学生数人に手足を押さえつけられ、その背後でエリッサと取り巻きが、嘲笑を浮かべながら拘束の法術をかけてきた。
警邏が通りかかったから未遂で終わったが、後で思えば、偶然ではなくエリッサの計算の内だったのだろう。
あっという間に──それこそ半日足らずで噂は広がり、〝未遂〟が〝事後〟という事になってしまった。
多少は同情は有ったのだろうが、大半が侮蔑と奇異の目だった。家柄が一、二を争う名家だというのも、醜聞に拍車をかけた。
さすがにアレクシアも否定したが、誰も信じなかった──エリッサの影響力はもちろん、真偽がどうこうより醜聞を面白おかしく囁く方が大事だったのだろう。親兄弟からも、余計に厄介者扱いされた。
『で、こいつのお友達はめでたく〝お友達〟を辞めて、その後は簡単だったよ。アレクシアを犯そうとした当の本人達はもちろん、そうでない連中からも色々聞き出せた。〝手の平を返す〟ってのは、ああいうのを言うんだって勢いだったよ。天才法術師ドノは、〝期待〟はされても、〝人望〟や〝信頼〟は無かったみたいだね』
「~~~~っ、……っ!」
言いたい放題のディマンディに、エリッサは何かを訴えているが、轡のせいで呻き声にしかならなかった。




