1:勝利。しかし決着はまだ
「……」
「何よ薄い反応ね~」
じっとりとした目で見るアレクシアに、鏡華はつまらなそうにむくれる。
実際、アレクシアはさほど驚いていなかった。というのも、
「心臓と脈の動きを少しの間ダケ止メル技がアルって、蒼真が言ってタ」
半信半疑ではあったが、どうやら本当だったらしい。詳しくは知らないが、簡単な技能でないことは分かるが、鏡華なら出来ても不思議ではない──いや、それ以前に、
「鏡華は、トテモ強い。トテモ、頑丈。簡単に死ぬ人ジャナイ」
「……褒められてる気はしないけど、まあ良いわ」
と、鏡華は膝をついたアレクシアの腕を取って引き起こすと、気を失ったエリッサに目を向ける。
「こっちも良い感じに落としたみたいだし、起きる前に封じてしまいましょ」
鏡華は、小脇に抱えていた塊を広げる。
「それっテ」
それを目にしたアレクシアは、鏡華が無事だった事よりも驚いた。
法術師用拘束衣の一揃え──その名の通り、それを着た者は手足の自由はもちろん、法力を封じ込めれてしまう。アレクシアも神聖帝国で捕まった時には、これを着せられた。
つまり──神聖帝国の法具であり、陽出においては、あるだけでもおかしい代物である。
だというのに、鏡華は慣れた手つきでエリッサに着せていき、終えるまでに一分とかからなかった。
「どうシテ、そんな、モノが?」
「知り合いから借りたのよ……と、お目覚めのようね」
『っ?』
エリッサの目がゆっくりと開かれ、アレクシアや鏡華を見た瞬間、跳ね起き、
『これは……どうなってっ、ぐっ?』
しかし、手足も法力も封じられていては、のたうち回るだけであった。
「丁度良いわ、色々と話もあったし、このまま連れて帰りましょう……よっこらせ」
鏡華は軽々とエリッサを肩に担ぎ、重さなど感じさせない動きで、軽快に下り坂を下っていく。アレクシアが、疲れ切った体に鞭打って早足にさせられるほどに。
『は、離せっ! 汚らわしい野蛮人如きが、私に触れるなっ!』
『離せって……そんな芋虫みたいな状態で放り出せって言うの? そうでなくても、体も法力もだいぶ消耗してるのに?』
神聖帝国語に切り替えた鏡華の言い様は、軽い調子ながらとても乾いていた。
『ねえ貴方、まさか忘れてないでしょうね? 自分が今いるこの場所が、神聖帝国で言うところの、汚らわしい野蛮人と凶暴な魔族共が跋扈する〝混沌の東地〟の真っ只中だってことを』
乾いた声で脅すように鏡華は言うが、陽出の治安は神聖帝国よりも遥かに良く、人類も魔族も程度の差こそあれど、気性の穏やかな者ばかり。
よほど運が無いか、エリッサ自身がよほどの下手を打たない限り、酷い扱いを受けるということはないだろう。
とはいえ、そんなことをエリッサが知る由もなく、
『……っ』
『お利口なことで結構よ~』
悔しげに黙り込んだエリッサに、鏡華はさも鷹揚に頷いて見せた。
明らかにエリッサの無知を弄って遊んでいた。
「悪イ人……」
エリッサに悟られないよう、陽出語で呟くアレクシア。鏡華は、アレクシアだけに見えるように小さく舌を突き出し、
『安心しなさい。仮にも四大賢人はシュトロアのご令嬢様で、神聖帝国が誇る天才法術師様だもの。そうやってお行儀よくしていれば、悪い様にはならないわ』
『……そうだ、私はシュトロアに連なる者だ……』
鏡華への肯定というより、自分に言い聞かせるような呟きが、エリッサの口から洩れる。それで少しだけ余裕を取り戻したらしい。
エリッサは、引き攣った笑みを浮かべて睨みつけてきた。
『例え私がここで果てようと、我が一族は決して黙っていないっ! 神の御名の元、必ずや貴様らには断罪が下されるだろうっ!』
『別に、貴方は果てはしないわよ』
エリッサの自棄くそじみた笑い声に、鏡華は淡々と返した。
『細かい手続きとか色々あるだろうけど、いずれ貴方はおウチに帰れるわ』
『小賢しい善行か、恩を売っているつもりか知らんが……このような屈辱を決して忘れることはないぞっ! 私を今殺さなかったことを、貴様らは必ず後悔するだろうっ! それまでせいぜい思い上がっているがいいっ! あはははははっ!』
エリッサの哄笑は、もはや、ただただ耳障りでしかない。ただでさえ減退していたアレクシアの気力は、更に落ち込んでいく。
とはいえ、さすがに見過ごせない。
『……エリッサ、もういい加減にしなさい』
出来るだけ刺激しないように、とても穏やかに──幼い聞かん坊でも相手にするかのようなアレクシアの言い様は、今のエリッサには逆効果だった。
『貴様が言うなっ!』
エリッサは、顔を上げてアレクシアを睨む。魔眼の類なら、それだけで射殺さんばかりの殺意を乗せて。
『そうだ……貴様のせいだ……貴様のような出来損ないのせいでっ!』
『そんなのっ』
エリッサの身勝手極まりない言い様に言い返そうとしたアレクシアだったが、
『何言ってんのよ。元は自分の撒いた種でしょうに』
鏡華が呆れるように言って割り込んできた──アレクシアの方には、黙ってろと言いたげに口元に指を立てながら。
『大体の事情は聞いてるけど、どう考えても貴方の自業自得だわ。いらない欲を出して、使っちゃいけない禁術を使ったりしたのが、そもそもの原因じゃないのよ』
『私は法術師だっ! より大きな法術に挑んで何が悪いっ!』
『貪欲な向上心や探求心を持つのは、それは良いことよ。若い内なら特にね……でもね』
冷たい侮蔑──そうとしか思えない鏡華の笑みに、アレクシアは思わず震え上がった。
『それでお友達を犠牲にしてるようじゃ、ねぇ……?』
『違うっ! その出来損ないに使ったんだっ! なのに』
『アレクシアちゃんじゃなくて、何故かお友達に術がかかった……私は法術の事はよく分からないけど、術を使ったのが貴方なら、失敗したのも貴方でしょ』
『違う違う違うっ! 全てそいつのせいだっ! 出来損ないの分際で術にかからずさっさと死ななかったそいつが、何もかも悪いんだっ! 悪いのは私じゃないっ!』
だいぶ錯乱しているとはいえ、本人を前にしてこの言い草──アレクシアは文句の一つも言いたくなるのを、嘆息に変換して我慢した。
というのも、
『う~ん……何だかねぇ~』
考える素振りを見せる鏡華の目は、明らかに話の内容とは別の考えを含ませていた。
『さっきから貴方の話を聞いてると、二言目には、アレクシアちゃんのせいだ~出来損ないのせいだ~が出て来るわね。そうなると、それっぽい大義名分はあくまで口実で、貴方個人で言えば〝口封じ〟ってことになるわよ?』
『何がおかしいっ? そんな出来損ないのクズ、泥を被る以外に何の役に立つっ! 仮にも貴族の端くれなら、役に立って死んでいける分、ただ捨てるよりよっぽど良いだろうっ! そんなモノが私の経歴に傷をつけようなど、ふざけるなっ!』
『……よ~く分かったわ』
大きく息を吐き出す鏡華の顔から、表情が消える。
『それじゃ、お喋りはもういいわね。しばらく黙ってて』
『ぐむっ?』
鏡華はポケットから轡を取り出すと、エリッサの口に押し込む。次いで、鏡華は胸元のポケットからケータイを取り出し、
『ということだそうだけど、聞こえた?』
『ああ。しっかり聞かせてもらったよ』
通話状態のケータイから聞こえてきたのは、よく知った声──それで、アレクシアは鏡華の意図を理解した。
そして──燻っていたいくつかの疑問が、一気に氷解した。




