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6:〝出来損ない〟の真の狙い

『──っ』

 アレクシアの言葉に、エリッサの顔に憎悪とは別の色が、はっきりと浮かんだ。

 法術だけでなく、武の才覚も優れているがために、悟ってしまったのだろう。

 悟ってしまった──目を背けていた屈辱的な事実を、嫌でも突きつけられたのだと。

 出来損ないに、自分は怯えていると。

『~~~~~~っ!』

 悟りはしても、それを受け入れてられるかは別だった。

 人のそれとは思えない呻き声を漏らしながら、エリッサは飛び退き、飛翔術で高く上昇する。

『例えそれ以外が優れていようと、貴様に法術の才が無いことは事実だっ!』

 高々と掲げた聖剣を中心に、膨大な法力が集まっていく。

 神造鉱製の武具は、同時に強力な法具でもある。特にミスリルは、風雷の法術との親和性が非常に高い。

 それを揮うのは、〝大嵐の咆〟の二つ名を持つシュトロア家の血族にして稀代の法術師──これだけの要素を集めて具象化したのは、目も眩むような光を放ち、束ねに束ねられた、巨大な轟雷だった。

『貴様如きに、これはどうにも出来まいっ!』

 第一級風雷系攻撃法術〝聖断鎚〟──シュトロア家の秘法術〝震天咆哮〟を除けば、最上位の風雷系攻撃法術である。しかも、エリッサの有り余る法力量である。アレクシアはおろか、この裏山を諸共も飲み込まんばかりの巨大な光に膨れ上がった。高みにいるエリッサ以外は、まず逃げられない。

『そうとも、貴様如きにこんな……っ!』

 エリッサの怨嗟を受け、雷光の巨鎚が振り落ろされる。

『出来損ない如きにぃっ!』

 悲鳴のようなエリッサの怒声を聞きながら、アレクシアは岩壁まで飛び退き、地面を思い切り踏み抜いた。

 一拍にも及ばぬ時を経て、轟音が響き、目も眩む閃光が爆発し、衝撃が木々を吹き飛ばし、土埃を巻き上げた。

 無限とも思える凶暴な時間はものの数秒で収まり、光と煙が晴れて露わになったのは、衝撃で折れた木々と、巻き上げられて荒れた地面。

 そして、

『ぐ、あ……っ!』

 荒れた地面に落ちて苦悶する、エリッサだった。

『っ……な、何が……』

『あんな大きな術を使った後で、しかも一瞬で防御結界を張れるなんて』

 盾にしていた薄板をどかしてエリッサの姿を確かめたアレクシアは、惜しみない賞賛を送った。

『やっぱり貴方は凄いわ、エリッサ』

『……っ、き、貴様……』

 惜しみない賞賛なのに──現状は、全く一致していない。

 聖剣はどこかに取り落とし、全身土砂と埃、そして血にまみれ、さらに煙まで上げて蹲り──無残としか言いようのない姿となったエリッサ。

 対してアレクシアは、土砂や埃こそ被っていても、傷らしい傷など無い。

『何をした……っ』

『大したことはしてないわ。私は、この板を盾にして隠れただけ』

 屈辱と憎悪に満ちたエリッサの視線を受けて、しかしアレクシアは、少しも怯まず、薄板を背後の岩壁に立てかける。

 実際、アレクシアは地面を踏みつけ、隠していたこの板を跳ね起こし、それを盾に窪みに隠れてエリッサの法術をやり過ごした──それだけだった。

『バカな……そんな薄板で』

『もちろん、仕掛けはしてあるわよ……こんな感じでね』

 アレクシアは、周りを示す。

 盾に使った一枚だけでなく、同じ薄板が周りの地面や背後の岩壁に張り付けられていた。それも、十や二十では収まらない数が。

 土や砂をかぶせて隠されていたそれらは、エリッサの法術を受けて露わになり、西日を受けて鈍色の光沢を放っていた。

霊鏡石(レーキヨーセキ)というらしいわ。簡単に言えば、法力や魔力を跳ね返す性質を持つ魔鉱石だって』


*****


 天才法術師のエリザヴェータ・シュトロア──その才覚によって繰り出される攻撃法術は、並の法術師では防御すら期待できない。

 ならば、それを逆手に取る。

『つまりさ──アイツに法術を使わせるのさ。それも、一発で決着するような、飛び切りデカい奴をな』

『無論、然るべき時、然るべき場所、然るべき……そのような状況に誘い込むことが前提じゃ。されど、そのあたりはアレクシア次第じゃ。あの娘の性格を冷静に見極め、見事出し抜いてみせい。冷静にな』

 蒼真は悪徳商人みたいな顔で意見し、燐耀は悪徳貴族のような顔で、本物の霊鏡石を用意した。

 アレクシアは、用意された霊鏡石を元に錬成法術で複製していき、複製した霊鏡石を然るべき場所に仕掛け、それを隠すために周囲の色彩に合わせた布や土砂で覆いつつ、エリッサを然るべき形にまで誘き寄せるための流れを考えた。

 エリッサなら──エリザヴェータ・シュトロアなら、と。

 そしてそれらは、見事に成功した──想定していた以上に。

『そんなもの……何故こんな大量に……』

 魔鉱石の類は稀少であり、しかも〝聖断鎚〟のような第一級攻撃法術をそのまま跳ね返せるような高純度の鉱石となると、そう簡単に手に入る代物ではない。

 それが、周辺一帯に敷き詰められるほど大量に用意されている──エリッサが驚くのは、無理もないだろう。

『もちろん、本物じゃないわ。霊鏡石の法力反射の特性だけ(・・)に特化させる形で錬成した、そこらのただの石や岩よ。価値なんてないし、一度使ったらこの通り(・・・・)だし』

 霊鏡石──の模造品は、役目を終えたとばかりに崩れ落ちていき、粉のように風に乗って飛んでいく。地面や岩壁に仕掛けたモノも同様に。

『複製、複製だとっ? まさか、貴様……っ』

『貴方もよく知ってるでしょ。私は法力の放出がとても小さいから、適正は錬成や細工だけだった。だから、私にできることは、これくらいしかなかった。でも……』

 エリッサの姿を、アレクシアは改めて確かめ、

『ここまで効くとは思わなかった』

 エリッサを驚かせて鼻を明かせれば御の字──アレクシアとしては、その程度にしか思っていなかったから。

『……っ、何、だ、その目は……っ』

 エリッサは立ち上がろうとして、しかし足がもつれて膝をついてしまう。立ち上がることすら、ままならないらしい。

 そんなエリッサを、アレクシアはただ静かに見据える。全身血塗れで蹲る無様な姿は、しかし演技や幻でないことは間違いないようだ。

『貴様如きが私を見下ろすな……そんな目で見るなぁっ!』

 憎悪と屈辱で喚くエリッサの姿は、滑稽極まりない。元が美しいから、余計に。

 跪いて見上げるエリッサと、それを見下ろすアレクシア──その構図は、神聖帝国にいた時と、完全に逆転していた。

『……やめてよ……』

 なのに──アレクシアの口から漏れたのは、

『……もう、やめて……っ』

 痛みを押し殺したような懇願だった。

『帰って、帰ってよ……貴方なら、使える法力はまだ残ってるんでしょうっ』

 アレクシアはその場に膝をつき、両手も額も地面に擦りつけ、呻くように懇願した。

『お願いでございます……っ! 急ぎお帰りくださいっ! 金輪際、この出来損ないめに関わらないで下さいっ! シュトロアがご息女、エリザヴェータ・シュトロア様っ! お願いでございます、お願いでございますっ!』

 膝をついたエリッサよりも、さらに身も頭も低くして。

 エリッサを、視界に入れないように。

 神聖帝国の頃よりも、さらに低く。

 今の(・・)エリッサを、これ以上見たくない──それが、今の(・・)アレクシアの偽らざる本音であった。

『き』

 それが、今のエリッサにとって、最大級の侮辱であったとしても。

 エリッサの屈辱を、更に上塗りするとしても。

『貴様ぁああああああああああああああああああああああっ!』

 怒号と共に濃密な殺意と膨大な法力を乗せて放たれる。

 明快な答えに、アレクシアは奥歯を削るように噛みながら、地面に着いた手を通じて法力を送り込み、仕込んでいた術式を起動。

『あ?』

 円柱に成形された岩が打矢のような勢いで飛び出し、その上にあったエリッサの顎を直撃した。

 大きく仰け反ったエリッサはぐるりと白目を剥き、そのまま仰向けに倒れ伏す。構築途中だった術が、法力の光となって儚く霧散していった。

 注意深く歩み寄り、死んでいないことと完全に落ちていることを確認。

「……っ」

 それで弛んだのか、途端に強烈な疲労感が襲い掛かり、堪え切れずに膝をついた。

 友人などと思ったことは一度も無く、ねじ伏せることを何度も夢見て、それがついに実現した。

 なのに、

『……何よこれ……』

 笑いも、涙も出てこなかった。

 想像していたような喜びなど少しも湧かず、満足感も爽快感も、ましてや優越感や達成感など、欠片とて無かった。

 それどころか、自分の中にあった大きな何かが一気に消えてしまったような、酷い喪失感しか無かった。

「お疲れ様」

 労いの声と共に、アレクシアの肩に手が置かれた。

「……鏡華……?」

「そうです、鏡華なのです。奇跡の復活を経て戻ってきたのでありま~す」

 と、鏡華(・・)は悪戯っぽく笑って見せながら、親指を立てた。

 エリッサから受けた雷撃など、無かったかのように。

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