5:〝出来損ない〟の反撃
その硬直は一瞬──だが、この間合いでは致命的ともいえる隙。
けれど、まだだ──反射的に動こうとするのをどうにか抑え、アレクシアはエリッサを静かに見据える。
『……聞き違いか?』
すぐに我に返ったエリッサは、押し殺したように訊ねた。
『貴様、私が怯えていると言ったのか?』
『ええ。そうよ……エリッサ、貴方は私に怯えて』
『はっ! はは、はははははははははっ!』
アレクシアの声を、エリッサの哄笑がかき消す。
『あはははははははっ! 何を血迷ったか知らんが、まさか最期になってそんな言葉が出てくるとはなっ! いや、最期を前にしたからこそ、血迷ったのかっ? あははははははははっ!』
『私には、貴方の方が血迷ってるように見えるわね』
エリッサの止めようともしない耳障りな笑い声に、しかしアレクシアは淡々とした態度のまま続ける。
『いくらフローブラン家とシュトロア家がお互いを目の敵にしてると言ったって、あくまでも御家の問題』
冷静に。
常に冷静に。
『それに、〝出来損ない〟の私は、貴方にしてみればいちいち相手にするまでもない、どうでもいい存在のはずよ』
自分で言って情けなくなってくるが、それは紛れもない事実。
エリッサにとって、アレクシアなど取るに足らない、相手にするまでもない〝出来損ない〟だ。
だからこそ、
『私は、少なくとも自分から貴方に絡んだことは無いし、近づかないようにしていた。いつも絡んできたのは、貴方の方からだったわ』
冷静に、客観的に考えれば、その疑問が自然と浮かんでくる。
『……学院は、高貴にして才ある者のための学び舎だ』
エリッサの哄笑が急に萎んでいき、苛立つような気配を帯びていく。
『ましてや、四大賢人の一族ともなれば、その象徴だ。貴様のような出来損ないなど、学院の……いや、神聖帝国の汚点。排除は当然で』
『高貴にして才ある者の為の学び舎なら、放っておいても〝出来損ない〟は消えたはずよ』
エリッサが言い終わるのを待たずに、アレクシアは続ける。
『わざわざ……禁術を持ち出して、しかもそれを擦り付けるなんて、手の込んだことをしなくたって』
『……貴様は、存在そのものが目障りだ』
エリッサの笑みはいつの間にか消え、苛立ちははっきりした憎悪に変わっていた。
『生きているというだけで、私を不快にさせるんだ!』
『……そういえば』
エリッサの憎悪の根を、アレクシアは見逃さない。
『剣の才覚は本物……さっき、貴方はそんなことを言ってたわね?』
冷静に。
『それは貴方なりに認めていたということかしら?』
冷徹に。
『〝出来損ない〟に、剣じゃ勝てないって』
そして──冷酷に射抜いた。
『棒切れ相手に聖剣でも持ちださないと、太刀打ちだって出来ないって……法術でしか、勝てるものがないって』
そして、深々と抉った──エリッサの憎悪の根元を。
*****
神聖帝国において、法術の優劣はそのまま社会的な優劣に直結する。
つまり、法術さえ優秀であれば──強力な術が行使できれば、それ以外は後回しにしても良いという風潮ですらあった。
だから、アレクシアは評価されなかった。
だから、アレクシアは〝出来損ない〟とみなされた。
武術、学問、礼儀作法──法術の実技以外は、首席を総取りだったとしても。
エリッサとて、決して法術だけが取り柄の一芸者ではない。シュトロア家の娘として、あらゆる分野で素晴らしい成績を残していた。
だから、エリッサは評価されていた。
だから、エリッサは稀代の天才とされた。
武術、学問、礼儀作法──法術の実技以外は、次席に甘んじていたとしても。
『貴様……っ』
エリッサの美しい顔が、憎悪で醜く歪んでいく。
アレクシアは、確信と同時に、自身が急速に冷めてのを感じた。〝冷静〟を心がけるまでもないほどに。
『稀代の天才と呼ばれた自分が、法術でしか勝てなかった。それも、出来損ない相手に』
常に次席な事に加え、自分を差し置いて首席の座にいるのが出来損ない──それは、稀代の天才の矜持や自尊心を、甚だしく傷つけていたようだ。
『だから、私を憎んだのね。目障りで仕方なかったのね』
『だ、黙れ……っ』
図星を差されたことに加え、今まで言い放題好き放題だった相手に、逆に好き勝手言われる事自体が、エリッサにはさぞや屈辱だろう──そんなことを、どこか他人事のように考えながら、アレクシアは更に続けた。
『それに今じゃ、皇龍なんて破格の魔族と仲良くしているからね……そういえば、〝ホンモノの雷〟で受けた傷は、もう大丈夫?』
『……っ、だ、黙れ……』
ここで燐耀の事を持ち出すあたり、我ながら卑しいと思うが、これもまたエリッサには大きな効果をもたらした。
『私みたいな出来損ないに出来て、天才の自分に出来ないのはおかしい、許せない……』
アレクシアは、我知らずに微笑む──嘲笑ではなく慈しみのそれだった。
『貴方にも、そういう可愛いところがあったのね』
だからこそ、
『黙れぇっ!』
エリッサには耐えられるはずも無かった。
激昂の勢いで聖剣を振りかぶり、アレクシア目がけて突進する──技も何もない、ただただ力任せの剣に、アレクシアは思わず嘆息し、
『……せっかくの聖剣が泣くわよ』
吐き捨てながら折れた木刀を振り上げ、振り下ろされた聖剣の刃を受け流す。
受けるのではなく、受け流す──木刀によって逸らされた聖剣は、そのままアレクシアの横に流れていく。
勢いに乗っていたエリッサを引きずったまま。
『な』
エリッサの顔が呆ける前に、アレクシアは鼻先目がけて自分の頭を叩きつけた。
『ぶぅっ?』
妙な息を吐きだしてよろめいたエリッサの鼻から血が噴き出し、美しい顔が赤く染まる。
そういえば、朝稽古で自分もこんな感じだったか──などと、どうでも良いことが衝撃で揺れた頭に思い浮かぶが、すぐに振り払い、
『こっちに来てから、私も色々と鍛えられてたのよ。貴方の言うところの、穢れた下民たちの中でね』
折れた木刀を突きつけて、アレクシアはエリッサを真っ向から見据え、
『たった二週間だけど、それだけで充分よ』
そして、はっきりと告げた。
『私はもう、神聖帝国で踏みつけられるだけだった〝出来損ない〟なんかじゃない!』




