3:これからのこと
「よし……!」
ようやくひと段落して大きく息を吐き出し、そこでようやく、日差しがだいぶ傾いていることに気付いた。
「お疲れ様……凄い集中力だったわね」
優しい声がかけられ、アレクシアは顔を上げる。そこにいたのは、のんきに小振りな本をめくる鏡華だった。
「それじゃ遅めのお昼、あるいは早めの夕飯だわよ~」
本をパタリと閉じると、鏡華は傍においていた背嚢の蓋を開けた。
夕飯──その言葉に、アレクシアの腹が分かりやすい音を鳴らした。
「はいはい、慌てないのよハラペコちゃん~」
鏡華は背嚢から取り出した食事を並べていく。
炊いた米を三角形に固めた、〝オニギリ〟あるいは〝ニギリメシ〟というモノを始め、揚げた肉に焼いた卵に塩で締めた野菜に茶の入った保温瓶──簡素ではあるが、何故かとても安心出来る内容だった。
蓋を開けた瞬間漂ってきた香ばしい匂いに、アレクシアは思わず手を伸ばし、
「こらっ」
その手を、すかさず鏡華は叩き落とした。
「遠慮はしなくて良いけど、それはお行儀悪くして良いということじゃないわよ」
と、オニギリの代わりに湿った布巾を握らせる。それで手を拭いてみれば、あっという間に布巾は黒くなった。よくよく自分の姿を確かめてみれば、あちこちが埃だらけになっているではないか。
「いただきマス」
汚れを落とした手を合わせ、用意してくれた鏡華を始め、食材を作った者や、食材そのものに感謝し、改めて食事に手を付ける。
動き回った後の空きっ腹のおかげもあり、いつもよりも旨い。しかも、ありがたいことに味もかなり濃くしてあった。
「さて、改めて聞いておきたいんだけど」
鏡華は水筒から茶を注ぎ、
「それで、アレクシアちゃんはこれからどうするつもり?」
茶の入った碗を差し出しながら、訊ねた。
「? エリッサに挑戦スル」
「その後よ」
アレクシアの答えに被せるように、鏡華は茶の入ったカップを差し出した。
「そうね、もう少し分かりやすい言い方をすれば……神聖帝国に帰るの?」
「……帰ル……」
「もちろん、〝密航〟という形になってしまうけどね」
当然といえば当然。敵対国への渡航など、〝密航〟と同義だ。
だが、形はどうあれ、帰ろうと思えば帰れるということ。
その選択肢があるということ。
「……」
アレクシアはすぐに返事できなかった。
〝神聖帝国人のアレクシア〟なら、二つ返事で飛びつくべきなのに。
何故か、躊躇った。
『……昨夜も言ったけどね』
押し黙ったアレクシアに、鏡華は言葉を敢えて切り替えて言った。
『一番最初に決めて動くのは、貴方自身』
態度こそ穏やかだが、言葉は重い。アレクシアに合わせて、わざわざ帝国後に変えたという事実も含めて。
『神聖帝国がどうのとか、誰かがどうのとか……そんな〝外の問題〟は後回しよ』
鏡華の言葉に、アレクシアは返す言葉を詰まらせる。
エリッサのことを始め、この二週間は色々なことがあり過ぎて後回しにていた──そんなのは、言い訳だ。
『貴方は何をしたいの? そのために、貴方がするべき事は、何?』
それは、アレクシアの根幹への問いかけ。
鏡華の声に乗せられてこそいるが、他でもない、アレクシア自身の問いだった。
故に──中途半端な答えなど、何の意味も無い。
『……私は』
『つまらん上に、無意味な問答だな』
「っ!」
答えを遮る声の方を振り返るよりも先に、正面に座る鏡華が飛び出し、アレクシアを突き飛ばした。
自分が突き飛ばされた事を認識した時には、鏡華の体は稲妻によって弾き飛ばされた。
「鏡華っ?」
アレクシアは、血相を変えてくずおれた鏡華に駆け寄る。
『行きつく先は冥府、永遠の苦悶……貴様の運命は、それだけだ』
そんなアレクシアに、侮蔑を隠さない声が頭の上から投げかけられるが、アレクシアが思わず帝国語を口にするほど愕然としたのは、そんなどうでもいい死刑宣告ではない。
『……そん、な……』
鏡華は、動かない──体だけでなく、脈も心臓も。
『何だ、死んだのか? そこまで威力を込めたつもりはなかったが』
侮蔑の気配が、同情に変わる。
『穢れた下民とはいえ、哀れな末路だな。〝厄種〟なぞに関わったばかりに』
『……厄種……?』
ようやく、アレクシアは振り返る。
『貴様のことに決まっているだろう、出来損ないめ』
木よりも高い位置から、〝飛翔〟の法術によって宙に浮かぶエリッサが、嫌悪と侮蔑を満面に張り付けて見下ろしていた。
『その下民の雌は、何の関係も無かったのに貴様が巻きこんだ。どうやって取り入ったか知らないし、知りたくもないがな』
『貴方……っ』
『貴様はいるだけで他者を不幸にし、破滅させる』
エリッサの法力が集まる。それを目にした瞬間、アレクシアは跳ねるように駆け出した。直後に、アレクシアのいた場所──いや、頭のあった空間を稲光が貫いた。
『本国の地を穢させるわけにはいかん。穢れた貴様は、穢れたものらしく、この穢れた地で死ね』
『……っ』
迷うのは一瞬──アレクシアは、倒れた鏡華をその場に残して駆け出し、草むらへ飛びんだ。




