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2:激励

「……」

「……」

 微妙な空気が食卓に充満しており、静謐どころか妙な緊張感があった。

 正確には──アレクシアと燐耀が。

「え~っと……どうしたの? 二人とも」

「……何だよ、さっきから人の顔をチラチラと」

 さすがにおかしいと思ったらしい。鏡華は困惑したように訊ね、蒼真は迷惑そうに舌打ちする。

 アレクシアは思わず目を逸らして黙り込む一方で、

「その、まあ、何じゃ……」

 燐耀は何やら視線を泳がせ、何かを窺うように訊ねた。

「今朝は蒼真が朝食を用意したそうじゃが?」

「まあな……誰かさんたちが、のんびり朝風呂に浸ってるおかげでな~」

 アレクシアと燐耀が風呂で懊悩している間に、蒼真は朝食を用意していた。簡素ではあるし、鏡華にはまだ及ばないものの、充分〝美味い〟と評していいだろう。いい加減に見えて、蒼真は家事炊事もそれなりにこなす男だった。

「何だ? 舌の肥えたお姫様とお嬢様のお口には、合いませんでしたかね~?」

「とんでもない。日頃の行いからは想像もつかないほどの出来栄えじゃ」

 先ほどの腹いせも多分に込めて嫌味ったらしく言う蒼真に対し、燐耀は冷静に返した。

「この様子なら明日にでも良い嫁(・・・)になれると思うぞえ」

 何とも微妙な燐耀の言葉に、アレクシアは箸を口に突っ込んだまま固まった。

「嫁か~」

 否定するかと思いきや、蒼真は何やら思案顔になっていた。しばらく考えたところで、何やら頷き、

「専業主()ってのも、楽そうでいいよなぁ~」

「蒼真。世の中の専業主婦に謝りなさい」

 現役専業主()の鏡華が、蒼真の舐めた言動を聞き咎めて横目で睨みつけた。

「良いこと? 特に最近の若い子は、専業主婦と引き篭もりってのをごっちゃにしてるみたいだけど……」

「ああはいはい、専業主婦は偉いんだろ。縁の下の力持ちで、見てないところで頑張ってるんだろ。分かりました分かってますよ……って、どうしたお前ら?」

 アレクシアは箸を咥えたまま固まり、燐耀は味噌汁の残った碗に目を落として何かを考えている。

「リン子ちゃんまで、本当にどうしたの? 悩みがあるなら相談とか愚痴くらいは聞くわよ」

「……いや、もうよい……」

 一瞬迷うようなそぶりを見せて、しかし燐耀は首を横に振ると、食事を再開した。〝リン子〟呼ばわりにも、この時ばかりは気に留めなかった。

「うむ、よいのじゃ……そう、これでよいのじゃ。のう、アレクシアよ」

「……ハイ」

 アレクシアも、小さく息を吐き出して深々と燐耀に同意した。

 そうだ──開けるべきでない扉を、わざわざ無理に開ける必要はない。世の中には見るべきでないもの、知るべきでないものが、いくらでもあるのだから。

 蒼真も鏡華も、物問いたげな顔を見る限り納得していないようだが、アレクシアも燐耀もそれを気付かないふりして朝食を平らげにかかった。


*****


 微妙な緊張感に満ちた朝食ではあったものの、アレクシアの眠気と疲労は消え、鋭気は整えられた。

 残りの作業に向かう前に、アレクシアは登校する蒼真達を見送る。

「くどいようじゃが、兎にも角にも冷静にの」

 取り澄ました制服に着替えたこともあり、燐耀は一層凛とした気配に満ちていた。

 一方、

「これ蒼真……出がけだという時に何を呑気に寝とる?」

「あ~?」

 ウトウトどころか、立ったままで器用に寝息を立ている蒼真は、取り澄ました制服を着ても、一層だらけた姿を晒していた。慣れない徹夜のせいだろう。

「あ~ではなかろう。ほれ、檄の一つでも飛ばしてやらんか」

「え~……あ~……いや、檄を飛ばせっつってもさ~」

 燐耀に耳を引っ張られて、蒼真の目がぼんやりと開かれ、

「もう俺たちは蚊帳の外だからさ、今更言うことなんざ何も無えだろ~。だから、ここから先は自分で何とかしろ~。クソ舐めた選民気取り(・・・・・・・・・・)をぶちのめして来~い」

 などと、欠伸と一緒に吐き捨てると、さも面倒そうに手を振って出かけていった。何故か、こちらに顔を向けないまま。

「全く……少しは素直になれば良いものを、捻くれにも程があろうて」

 燐耀は、忍び笑いで肩を揺らし、

「が、今回に限っては全く持って良いことを言うておるぞ、アレクシアよ」

 と、燐耀はアレクシアの尻を引っぱたいた。

「神聖帝国が誇る稀代の天才法術師とやらを、見事出し抜いて見せい」

「アノ……」

「礼なら後じゃ」

 ありがとう──アレクシアが言いかけた言葉を、燐耀は遮った。

「否……そなたの成功と勝利を以て、謝礼と恩返しするがよい。吉報を期待しておるぞえ」

 激励を告げると、燐耀も颯爽とした背中を見せて出かけて行った。

 二人の激励は、少々重圧ではあるものの、悪意は一切含まれていなかった。悪意の無い激励が、とても嬉しいものであり、とても力になるものだと、初めて知った。

「……よしっ!」

 アレクシアは、自分の頬を両側から叩いて気を引き締め直すと、その足で裏山に再び向かい、作業を再開する。

 蒼真や燐耀が手伝ってくれたおかげで、作業は殆ど進んでいる。あとは残りの細かい調整はをするだけ。

 ケータイで投影した図面を何度も確かめながら、主だったモノから始め、そこから優先順位の高いものから片付けていく。

 好機は一度で一瞬で、そして一つだけ。

 ならば、その一点に全てを集中すればいい。

 そのための大前提は燐耀の言う通り、〝常に冷静〟であること。

 派手にやって良いとは言われたものの、むしろ〝派手〟である必要はない。

 大がかりである必要はない。

 むしろ、小さい方が良い。

 代わりに、質は限りなく高く。

 難しいことも複雑なことも無い。

 故に、小さな狂いも間違いも許さない。

 妥協など論外。必要なのは細心の注意だけ。

 アレクシアは、意識のすべてを目の前の作業に集中した。

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