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1:朝風呂の女子会?

 高桐邸の裏には、小高い山がある。鏡華が言うには、高桐家はこの辺一帯の地主とのことで、

『ここなら多少派手にドンパチしても大事にはならないでしょ。え? 使って良いのかって? 持ち主が良いって言ってるんだから良いのよ』

 鏡華は親指まで立てて豪語するので、アレクシアは甘えさせてもらうことにした。

 蒼真や燐耀の手も借りて、用意した諸々を裏山に運び込む。それが一通り終わって、続きは朝食の後にしようと屋敷に戻ると、

「……さすがにちょっと酷いわね。せっかくの可愛い顔が台無しよ」

 アレクシア達を出迎えるなり、鏡華は吹き出した。

「お風呂沸かしておいたから、早く入ってきなさい。良い若いモンが、色々麻痺して仕事しか見えなくなった社畜中年みたいな顔するものじゃないわよ」

「「え~」」

 アレクシアにはよく理解できなかったが、蒼真と燐耀の何とも言えない表情を見る限り、あまり喜ぶべき評価ではないようだ。

「……んじゃお言葉に甘えて~と」

 と、蒼真はさっさと風呂場に向かい、

「待て」

 その肩を、燐耀が掴んだ。

「このような場合、女子が先だという暗黙を知らぬわけではあるまい?」

「そういうのは義理であって義務じゃねえだろ」

 燐耀の手を、蒼真は素っ気なく叩き落とし、

「だいたい、お前らは無駄に時間かかるだろうが」

「決して無駄ではないぞ。女子には必要じゃて」

「必要でも何でも、俺の方が済むのが早いっつってんだ」

「そなたの使った後の残り湯を使えと? 面白いことを言う」

「それ言ったら散々待たされた挙句、無駄使いして残り少なくなった湯を使えってのか?」

 蒼真の目が据わる──徹夜のせいではない。

 燐耀の魔力が高まる──気のせいではない。

「大体、泊めてもらってる奴が何で偉そうに仕切ってやがんだ? ここはいつから、お客様至上の旅館になったんだ? 俺が珍しく下手に出たもんだから、付け上がっちまってんじゃねえのかお姫様よ?」

「笑止。そなたこそ、一度や二度のへりくだりで甘い顔をしてもらえると思うたか? そもそも、そなたがどの口で〝お客様至上〟など語るのじゃ。この機会に色々と叩き込んでやっても良いぞ?」

「珍しく面白ぇこと言うじゃねえかテメェ。ちょっとお上品なだけのトカゲモドキが人類の作法だか礼儀だかを叩き込むってか?」

「礼儀作法だけではないぞ。普段この姿(亜人体)でいることがダテではないのだということも、叩き込んでやろうではないか、孺子めが」

 不穏当な空気が急激に密度を増していき、

「はいそこまで~」

 鏡華の呑気な声と共に、小気味よい音が二つ──振り下ろされた二本の竹刀が、蒼真と燐耀の頭を打ちすえた。

「ジャンケンで決めなさい。それが鉄則でしょう」

「しょうがねえ……じゃーん! けーん!」

「ほい!」

 蒼真はチョキ。

 燐耀はグー。

「では、行こうか。アレクシアよ」

 燐耀はアレクシアを促しながら勝利のグーを高々と掲げ、チョキを出したまま呆然と固まる蒼真の前を颯爽と通り過ぎた。


*****


「っ!」

 湯船に浸かるなり、アレクシアは思わず呻く。

 陽出は治療薬も良質らしく、浅いこともあって傷は殆ど塞がっていたものの、やはり熱い湯はそれなりに沁みる。しかし、そのおかげで徹夜による眠気は多少なりとも飛んだ。

「朝風呂も良いのう~」

 アレクシアに続いて湯船に浸かった燐耀は、溜息と共にしみじみと吐き出す。人類でいえば見た目通りの年齢のはずだが、何ともじじむさい。

 とはいえ、

「……」

「む? どうした? 龍の亜人の体がそんなに珍しいかの~?」

 アレクシアの視線に気づいて、燐耀は立ち上がって自慢するように扇情的な姿勢をして見せた。

 先ほどまでの浴衣越しではなく、全て晒された燐耀の肢体は、やはり見事な造形。もはや嫉妬すら湧かず、ただただ感嘆するのみ。

「ソレもあるケド」

 あまり見続けるのも失礼なので、アレクシアは視線を逸らして話題を変える。

「その……ゴメンナサイ」

 アレクシアは居住まいを正して頭を下げた。

「な、何じゃいきなり?」

 思わぬ態度だったのか、燐耀は戸惑いながらも湯船の中に正座した。

「ダッテ、町で龍の姿二変身するノハダメなのに」

 何しろ、本家に問い合わせがジャンジャカで、龍の長がカンカンになるほどのだ。それを、小娘(アレクシア)一人を助けるために使わせてしまったのだ。

「……やれやれ、せっかく思い出さないようにしておったのじゃが」

 似つかわしくない疲れた嘆息を、燐耀は吐き出した。

「まあ、確かに父上からはこっぴどく叱られはするだろうが……咎めはその程度じゃろうて。町中と言っても、我ら以外は誰もいなかった公園の中じゃったし。それに……」

 燐耀は言葉を止め、二呼吸分ほど何やら思案し、

「妾としても、やはり気に入らんでの。あの娘にしても、神聖帝国にしても」

 苛立ちを隠さずに言った。

「妾だけではない。蒼真とて同じじゃ。態度こそあのような様だが、何やかんやと自分から首を突っ込んでるのじゃて」

「……蒼真ガ?」

 てっきり、鏡華に蹴りつけられ燐耀に引っ張られて仕方なくやっているのだとばかり思っていたものだから、冗談抜きで驚いた。

「あの男、あれでかなりの激情家じゃ。先の襲撃に加え、話を聞いて、だいぶ腹に据えかねておるようでの」

 アレクシアは、ふと蒼真のことを考えてみる。確かに、あの男はやる気無さそうに見えるが、するべき事はきちんとするし、通すべき筋はきちんと通す。

 しかし──今回の場合は、どちらかといえば、

「蒼真の事ダカラ、お祭り気分ダト思う。だって、アノ蒼真ダカら」

「……あの蒼真なら、まあ、そうじゃろうのう。そなたもよく見ておるではないか」

 感心と呆れを半々した燐耀の言い様と表情に、アレクシアは思わず吹き出した。それに釣られて、燐耀も思わず吹き出した。

「図らずも、要らぬ力は抜けたようじゃな」

「……え?」

 燐耀に指摘されて、アレクシアは自分が笑ったことにやっと気付いた。

「先ほどまでは、過ぎるくらいに肩肘を張っておったからな。それでは勝てるものも勝てぬと心配しておったが、これならばひとまずは安心じゃな」

 心配されるほど、張りつめていたらしい。指摘されてやっと自覚するほどだから、よっぽどなのだろう。

「さて、ちと早いが、そろそろ上がるとしよう。あの朴念仁が、そろそろ喚き始める頃じゃて」

「朴念仁……」

 最近知ったその言葉の意味を考え、蒼真に当てはめてみる。ついで浮かぶのは、とある馬鹿げた想像──もはや、妄想と称しても良いかもしれない。

「……」

 アレクシアは、燐耀の肢体を眺める。

「何じゃ? 妾の体に何かついておるのか?」

「う~ん……」

 改めて思う──やはり見ていてまるで飽きない程、〝お見事〟以外の言葉は無い。女性の立場からしても、だ。

 だというのに、あの蒼真のあの無反応ぶりは、冗談でも何でもなく、〝特殊な性癖〟の類ではないだろうか。

 例えば、

「蒼真は、もしかして男の人ガ好き、トカ?」

「まさか~……、………………い、いや、待て…………………………」

 笑い飛ばそうとした燐耀の笑顔が、急に固まる。そして、たっぷり十秒以上かけて何やら考えを巡らせ、

「……そんな……いや、しかし……う~む……」

 どうやら、思い当たる節はあるらしい。

 結局──二人そろって懊悩する羽目となり、痺れを切らした蒼真から苦情が来てしまうのであった。

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