7:若者たちの悪巧み
「さて、ずれた話を戻すとしようか」
着崩した浴衣を整えると、燐耀は表情を引き締めて話を進めた。
「では、まずは手札の確認じゃな。そなたは何が出来るのじゃ?」
「おい」
「……私ハ、法術は」
「法術と言っても、様々あろうて。どんな小さなことでも良い、何が出来るのじゃ?」
あるにはある──というか、今思いつくのはそれしかない。
「おいって」
「錬成ナラ……」
言ってるうちに、萎んでいく。羞恥心が、アレクシアの声を抑えつけていた。
「錬成……ふ~む……」
「おいっつってんだろうがぁ!」
低い位置から響いたのは、蒼真の怒声。見れば、荒縄で縛り上げられた蒼真が転がっていた。
「何なんだよこの扱いはっ?」
「そもそもの日ごろの行いと言動をしかと考えた上で、己の胸に聞いてみるがよい」
「ぐぇっ?」
燐耀は蒼真を蹴りつけて喚き声を黙らせる。何故だろう。同情すべき姿なのに、それが蒼真というだけで小気味よかった。
「さて、話を戻すが……まずは、これを」
と、燐耀が差し出した手には、小指の先もあるかどうかの小さな石。それを手に取ると、強い魔力を内側から感じた。どうやら、〝魔石〟と呼ばれる魔力を帯びた石のようだ。
「これの複製は出来るかの?」
「複製って……お前、そいつは」
「出来るのじゃろう?」
目を剥いた蒼真を気にも留めず、燐耀はアレクシアを促す。
蒼真の態度は気になるが、アレクシアは魔石を持つ手を握りしめ、法力を送り込む。法力を受けた石の魔力が内側で干渉し、強く反発する。小さい上に、燐耀の魔力に隠れて気づかなかったが、かなり強力で高純度の魔石らしい。
アレクシアは、魔力の強烈な反発を無理に押さえつけるようなことをせず、少しずつ、しかし確実に自身の法力と馴染ませつつ、そこから石の構造や材質を読み取り、同じモノを頭の中に浮かべ、それを法力でもって再現、空いている右手の中に構築する。
時間にして数分を経て、アレクシアが右手を開くと、大きさ、形、重さ──左手のそれと全く同じ魔石が乗せられていた。
「ふむ……」
燐耀は、複製した方の魔石を手に取り、魔力を送り込む。それに反応したのか、複製魔石は赤い光を放つ。送り込む量が大きくなると、比例して放つ光も大きくなっていき、
「!」
音を立てて無数の亀裂が走り、石は砕けてしまった。燐耀が砕けた破片を摘まむと、さらに細かい砂になって零れ落ちる。
「純度や強度は真に及ばずも特性は同じ、か」
「いやいやいやいやっ!」
蒼真は驚愕の文字を張りつけたような顔で跳ね起きた──ほどかれた縄がバラバラと落ちた。何をどうやったのか、縄をほどいたらしい。
「特性が同じってのがあり得ねえだろっ! 緋日金だぞ緋日金っ!」
蒼真の口ぶりを見る限りでは、かなり価値の高いモノらしいが、聞いたことのない魔石では、今一つピンと来ない──と、思っていたら、
「希少価値としては、オリハルコンにも相当するじゃろうの」
「……ぇ……」
燐耀の言葉に、アレクシアは間抜けな吐息を漏らした。
魔力を帯びる魔石に対し、法力を帯びる〝神造鉱〟──そんな稀少鉱石の中でも、オリハルコンは最高級とされており、別名〝神の血〟とも言われる。
「いや……正直、全~然期待してなかったけどさ、こりゃ思った以上にイケるか」
これまでのやる気の無さが嘘のように笑った。
「……いや、イケるぞ」
アレクシアの背中に悪寒が走るくらいの、恐ろしく悪い笑みで。
「こりゃ蒼真、アレクシアを怯えさせるでない」
と、呆れたように諌める燐耀だが、浮かべているのはそれはもう、悪い笑み。ただでさえ強大な存在がそんな顔をするものだから、アレクシアは危うく気を失いしかけた。
*****
その圧が、良くも悪くも後押しになったらしい。
緋日金に始まり、手あたり次第を追い立てられるように複製した。そこから錬成を組み合わせ、更に細工を施しつつ、それを元にあれやこれやと策を考えながら細かい調整を重ね──気づけば夜空が白み始めていた。
「……少々不安は残るが、さすがに時間切れかの」
燐耀は肩をすくめながら、あれこれ書き連ねた手帳を閉じ、
「それに、これ以上手を加えるのも、かえって逆効果じゃろうて」
「や~れやれ、徹夜なんて初めてだぜ~」
蒼真は体を伸ばし、思い出したように大きな欠伸などする。今の今まで、絵に描いたような悪人ぶりだったというのに、そんな気配は一瞬で消え去っていた。
「ぼやくでないわ、阿呆が」
と、燐耀は蒼真の頭を軽くひっぱたく。さすがなもので、全く疲労を感じさせない艶めいた顔のまま。
「そなたは、普段は人一倍の怠け者。なればこそ、そなたは人の三倍は働いて丁度良いのじゃ」
思えば、驚くべき光景である。普段から今一つやる気を見せず、寝つきの良さは赤ん坊並。夕食を食べた後は、起きていても仕方ないとばかりにさっさと眠ってしまうのが、高桐蒼真という男である。
そんな男が〝徹夜〟などと、冗談どころか奇跡である。
「あ~そうですかそうですね~……にしてもさ~」
蒼真は、部屋の隅に寝ぼけた目を向ける。アレクシアの力で複製された魔鉱石が、山積みにされていた。
「ここまでやれる奴が何で〝出来損ない〟になっちまうんだ?」
「そなた、話を聞いておらんかったか? 一度に放出できる分が極めて少ない故に」
「だから、そこなんだよな~」
と、寝ぼけた目でアレクシアを見やり、
「放出が少ないってことは、法力の密度や強弱を、細かく調整が出来るってこったろ。時間が無いから今は大雑把にやっちまったが、もっと高度で精密な細工や錬成もできるぜ。そんな奴が、どうして濡れ衣を簡単に着せられるような〝出来損ない〟になるんだっつう話さ」
寝ぼけた目のまま、鋭く指摘した。
「……錬成や細工の法術ハ、トテモ低級で低俗と呼ばれテル。才能に恵まれなかった術者が目指す系統ダッテ」
故に、それを得意とするのは、決して誇れることではない。どころか、錬成系の適性は、〝無才非才の証明〟とまで言われていた。
それこそ──オリハルコンのような神造鉱を扱えでもしない限り。
「地精族や単眼鬼族の連中には、とても聞かせらんねえな。じゃあ、高貴で上級な系統は何でございますかね?」
「決まっておろう」
皮肉を込めた蒼真の問いには、燐耀が答えた。
「戦闘攻撃法術じゃ」
皮肉を込めて、冷たい声で。
「神聖帝国の歴史は、突き詰めてしまえば〝戦争〟じゃからの」




