6:頼れる後押し
「その様子では、だいぶ迷走しておるようじゃが、先に申し添えておくぞ」
燐耀は、自分の茶を一口すすり、
「皇龍をアテするというのは、最初から除外せい」
厳格に突き放されて、アレクシアは言葉に詰まる。
皇龍ならば──それは、多少なりとも期待していたことだった。
燐耀は、アレクシアの分かりやすい反応に肩をすくめ、
「鏡華も言っておったじゃろうに。これはそなたが解決するべき問題……いや、乗り越えるべき試練じゃからの」
「それは……マダ戦うかドウカも」
「まだそこかよ……」
もごもごと言うと、蒼真は呆れるように鼻を鳴らした。
「急いで決めろってのは、具体的にどうするかってことまでだ。戦うにしても逃げるにしてもな」
燐耀も蒼真も、正論を言っている。そもそも、自分がここでこうしていることからして、充分助けられている。この期に及んで、手を差し伸べられないことに落胆するなど、筋違いである。
それは、分かっているのだ。
「それは……デモ」
「そんなデモデモダッテで考えるフリしていじけてたって、奴は来るぜ。自分に都合の悪いことを、何もかもお前に押し付けるためにな」
苛立ちを隠さず、蒼真は吐き捨てた。
「で、お前をぶっ殺して、その首を持ち帰って確かに討ち取りましたって声高に叫んで、のうのうとふんぞり返って腹を抱えて大笑い、と……お前、よくあんなのとお友達やってたな?」
「友達、チガウ」
冗談じゃない。間違っても、〝友達〟であって堪るか。
「まあ、友か否かはともかくとして……あの済ました面での大笑いか~」
それを想像したのか、燐耀はさもおかしそうに吹き出した。
「そういえば、最近流行りのあにめ番組に、そのような悪女が登場しておったのう。それが現実に拝めるとあらば、それはそれで面白そうじゃ」
〝あにめ番組〟がどういうモノかはよく分からないが、あのエリッサなら確実にそうするであろうという予想が、半ば確信に近い形でアレクシアにはあった。
あのエリッサなら、と。
「……」
エリッサのそんな姿を想像してみたら──腹の内で、何やらグラグラと沸くような感触が生まれた。
「見ている分には面白そうじゃが……嘲られる道化役はそなたじゃぞ、アレクシアよ」
燐耀の笑みは、とても優しい──小さな子供を諭すかのごとく、慈愛に満ちていた。
「己の実力も弁えなかった愚か者、追い詰められて自棄になった憐れなクズ、まああの出来損ないにはふさわしい最期……」
あるいは──憐れむように。
「そなたは、死んでからも笑い者じゃろうな。その大笑いする第一人者だか代表格だかは、誰じゃろうな?」
誰──その顔が思い浮かべた瞬間、腹の内で沸くものが何なのか、自覚した。
恐怖ではない。
怒りだ。
「本当にそれで良いのか?」
「……イイエ」
呻くように絞り出される否の言葉が、気づけば吐き出されていた。
「絶対に、イイエ」
「なれば良し」
と、燐耀は鷹揚に頷いて見せると、再度茶をすすり、
「では、改めて策を講じるとしようかの。頭数を揃えれば、多少なりとも良い方向に転がるだろうて」
頭数を揃えれば──それは、
「……私ヲ、手伝ウ?」
そなたが解決するべき問題──と、ついさっき突き放していたのに?
「そなたが決すべき事案ではあることは、間違いない」
燐耀は、何やら偉そうな顔で頷きながら言うと、不意に不敵な笑みを浮かべ、
「が、タダで高みの見物を決め込むほど、厚顔無恥なつもりもない。手は貸せぬが、知恵を授けるくらいはさせてもらおう……まあ、不要ならば無理にとは言わぬが」
「そんなことは、トテモ、無い」
考えがまとまらない今、知恵を貸してもらえるだけでも、とてもありがたい。
「話はまとまったな」
と、蒼真は立ち上がり、
「そんじゃ頑張れよ~」
「何を他人事のように言うておる? 待たんか」
さっさと出て行こうとする蒼真の襟元を、すかさず燐耀が捕まえた。
*****
「ここまで首を突っ込んでしまった以上、そなたにもしっかり働いてもらわねばな」
「えぇ~?」
「まあ、あれじゃ。タダとは言わぬぞ、ほれほれ~」
蒼真を振り向かせた燐耀は、ふと何かを考えると、自分の浴衣の襟元を大きく開いて見せた。
「今なら、妙齢の美女が漏れなく付いておるぞえ。それも二人もの~」
なかなかどうして大きく実っている上に、形もお見事──それがはっきり見せるのに、肝心の部分は決して見せない、絶妙な線引き。
見えそうで見えない──それは、かえって扇情的な雰囲気であった。
なのに、
「あ~はいはいそうだったそうでした~」
蒼真は、鬱陶しげに燐耀の手を振り払うと、さも仕方なしとばかりに二人に目を向けてやり、
「え~何だって~? 妙~齢~の~ビジョ~? むしゃぶりつきたくなりますね~夜這いしたいね~襲いたくなりますね~がおがお~」
それはもう、わざとらしく、両手で瞼を大きく広げて、見たくもないのに仕方なく見てやってるんだと言わんばかりに。そして、大きく開かれた眼には何も映していなかった。
「……」
別に、自分の容姿が優れているとは思わないが、かといって特別劣っているとも思わない。なので、何だか物凄く釈然としなかった。特に女としての矜持とか誇りとか自尊心とか。
「……心中、察して余りあるぞ」
何とも言えない表情を浮かべるアレクシアの肩に、燐耀が優しく手を置いた。アレクシアと同じような、何とも言えない表情を浮かべて。
「鏡華も案じておったし、妾も前から思っておるが……そなたは本当に年頃の男子か? 年頃の女子の閨に足を踏み入れるなど、泣いて喜ぶものじゃろうに」
「あ~はいはい涙が出るほど嬉しいね~」
と、泣き真似などして見せる蒼真。
燐耀は諦めたように深々と溜息をつき、
「蒼真よ。そなたには女の魅了より、もっと直接的で分かりやすい手段の方が良さそうじゃの?」
いつの間に用意したのか、その手には荒縄が握られていた。




