表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す  作者: takosuke3
三章 ~静寂にして不穏な一夜~
20/46

5:決めるのは自分自身

 燐耀も唸らせ、楽しみの一つとなっているはずの鏡華の絶品料理──なのに、今夜の夕食は、何故か味が分からなかった。体は正直なので、味は分からなくても、しっかり平らげていたが。

「さて」

 食後の茶を半分ばかりすすったところで、鏡華は言った。

「それじゃ、これから(・・・・)の話よ」

「だな」

「うむ」

 蒼真と燐耀が頷く一方、アレクシアは首をかしげた。

「これカラ?」

「当たり前だろ。あの、エロスだかエレベータだっけ? 見るからに執念深くて陰険でしつこそうな奴だぜ」

 明らかに無理やり名前を呼び間違えている上に、言い放題の蒼真。

「あの程度で諦めるわけねえだろ」

 そして、全くもってその通りであった。

 エリッサは、決して引き下がることは無い。見下している相手なら、尚更。

「……根本的な話なんだけど」

 返す言葉を探して口ごもっていると、鏡華が静かにこちらを見据えていた。

「アレクシアちゃん。貴方はどうしたいの?」

「どうしタイって」

「神聖帝国で色々あったんだろうけど、今の貴方はもう、宙ぶらりんな状態よ。つまり、貴方自身でどうにでもできる……というか、どうにかしなきゃいけない。自分で決めなきゃいけない」

 笑みはなく、しかし真面目と言うには柔らかく、しかし無表情というには温かみがあり──そんな表情は、アレクシアは見たことが無かった。

「ワタシは……」

 蒼真と燐耀に縋るような目を向けるが、蒼真はあっさりと目を逸らし、

「これじゃ話が全然進まねえな」

 と、つまらなそうに吐き捨てると、さっさと席を立って居間を出ていってしまった。

「先ほども言ったが、協力や手助けは吝かではない。同情も、いくらでもしよう」

 そして燐耀は、穏やかに、しかし厳しく言った。

「じゃが、まずそなたが決めて動かぬようでは、どうしようもないのう」

 言い残して、燐耀も席を立って出て行った。

「じっくり考えなさい……と言いたいけど、そう時間も無いわ。どうするにせよ、急いだ方が良いわよ」

 そして、鏡華も食事の後片付けを始め、その場には残ったのはアレクシアだけ。

 いつまでもそうしてるわけもいかないので、アレクシアも自分の部屋に戻った。卓に向かい、今日の復習と明日の予習もそっちのけであれこれ考えて──結局、頭の中がまとまらないまま堂々巡りを繰り返し、小一時間が過ぎた。

『自分で決めなきゃいけない』

 鏡華の言うように、これはアレクシア自身の問題。言われなくても分かっているのに。

「……は」

 思わず笑いが漏れる。

 エリザヴェータ・シュトロア──若くして帝室法術師の地位を約束された稀代の天才法術師。その才覚は、紛れも無く本物である。

 〝出来損ない〟如きにどうにかできる相手ではない。比べることすら無意味。それが紛れも無い事実であることは、ついさっき証明された。怪我だけ(・・・・)で済んだのは、蒼真の機転と皇龍という埒外の存在のおかげだった。

「あはは……はぁ……」

 無理に笑って、しかしすぐ虚しくなり、笑いはため息に変わる。吐き出した勢いで視線が動き、

「あ……」

 視界に入ったのは、一冊の絵本。陽出語の読み書きを学ぶ一環で、鏡華が貸してくれたのだった。

 アレクシアは、何となしに手を伸ばしてそれを開いた。


*****


 最初に目を通したときは、言葉の拙さもあって読み進めるのがやっとだった。今なら物語の内容もすんなり頭に入ってくる。

 題名は〝船乗り少年の冒険〟──分かりやすい名前の通りの内容だった。

 貧しい漁師の少年が、ある外国から来た船乗りとの出会いをきっかけに、海に、そしてその向こうにある未知の世界にあこがれを抱き、そこを目指すことを決心する。

 それは決して簡単ではなかったが、少年は不屈の精神でもって工夫を凝らし、完成させた自作の船で、冒険の航海へと旅立っていった。

 よくある物語である。似たような絵本や冒険譚は、神聖帝国にもいくらでもある。絵本ということもあり、今のアレクシアなら読み終わるまでに十分とかからなかった。

 その筈が、

「……」

 そんな場合でもないのに、アレクシアは、それを何度も読み返す。

 何度も。

 何度も。

「……やはり、そうでしたか……」

「っ!」

 障子の向こうから聞こえてきた燐耀の声に、アレクシアはやっと現実に立ち戻る。本を閉じて障子を開けると、燐耀が庭先でケータイを片手に何かを喋っていた。

「そのことですが……いえ、実行はもうしばらくお待ちを……申し訳ないが、細かいところはお任せいたします……ああ、妾は今夜は高桐の屋敷に厄介になりますゆえ……では」

 燐耀はケータイの通話を切ると、こちらを振り返り、

「盗み聞きとは、そなたも悪よのう?」

「……っ」

 アレクシアは、思わず息を呑む。

 制服ではなく浴衣に着替え、髪を結い上げたおかげで晒されたうなじに、風呂上がりの湿り気──更に際立った艶めきに、視線を逸らせない。

 人だ魔だ男だ女だ──無意味な括りである。

 〝極致の美〟──アレクシアの知る言葉で表すなら、そんなところか。

「む? 何じゃ?」

「イエ、何でもナイ……燐耀は、帰っタンじゃ」

「そのつもりじゃったが、何やら面白いことになりそうじゃからの」

「とか何とか言ってるが、親父さんが怖くて帰りづらいってのが、一番だろうがな」

 茶請けを手にやってきた蒼真が茶化すように言うと、燐耀は睨むのは一瞬、憐れみの目を向け、

「何を他人事のように言うておる。いずれそなたにも、父上からご下問があるぞ。遅くても、明日中にはのう」

「……だよなぁ~」

 それまでのふざけた調子はどこへやら──蒼真は、疲れたように肩を落としつつ、その勢いで茶請けを降ろし、急須を傾けて碗に茶を注いで皆に配る。

 受け取ったそれを啜ると、程よい温かみと深い味わいがジワリと全身に伝い、面倒な事や嫌なことを一瞬でも忘れかける。

「さて……そろそろ、あの娘と迎え撃つ算段を立てようかの」

 が、燐耀によって、すぐに現実に引き戻された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ