3:〝出来損ない〟のアレクシア
「つまりだ……飛べるからってむやみやたらに空飛んじゃいけません、飛ぶならちゃんと決められた〝道〟を通りましょうって法律があるのさ。ましてや、皇龍サマなんつうデカくて強力なのが飛び回ったら、大騒ぎになるってわけで……さて、こんなもんか」
アレクシアに施した手当に満足そうに頷くと、蒼真はアレクシアの肩を引っぱたいた──患部を。
「~~~~~~~~っ!」
激しい痛みに、アレクシアはのたうち回りながら、蒼真を恨みがましく睨むが、
「ほれ、全然元気じゃねえか」
蒼真は、どこ吹く風で鼻を鳴らす。
「戯けがっ!」
そんな蒼真の頭を、いつの間にかやってきた燐耀がひっぱたいた。乾いた小気味よい音は、結構な威力をあったと思うのだが、蒼真は鬱陶しそうに燐耀を睨み、
「けど、俺の言った通りじゃねえか。大した傷じゃねえ、心配することなんざ無えって」
「そこではない。そなたの女子に対する扱いの酷さを指摘しているのであって」
「説教なら後にしろ……お前だって、天凰様にドヤされたばかりなんだろ」
「……まあのぅ……」
それを思い出したのか、気の抜けたような溜息を吐き出す燐耀。
外に集まってきたご近所方と警察に説明して帰ってもらった後で、再び父に連絡を入れたらしいのだが、ケータイ越しに怒鳴りつけられたらしい。
龍の姫君も龍の皇には、頭が上がらないようだ。
「……で、天凰様は何だって? 大目玉食らうついでに、色々話したんだろ?」
「うむ……じゃが、大きく動くのはしばらく見送りじゃな」
「? どういうこった?」
「その前に」
燐耀は、アレクシアに視線を向ける。燐耀が蒼真をひっぱたいてからすっかり置いてきぼりだったため、急に話を振られたアレクシアの胸は、大きく跳ねた。
「アレクシアよ。確かに大した怪我でないことは何よりじゃが、色々と話を聞かせてもらおうかの」
〝色々〟というのが何なのかは、いちいち問い返すまでもなく分かり切ったこと。しかし、
「ソレハ……」
アレクシアは、思わず口ごもる。脳裏によぎるのは、お世辞にも〝良い〟などとは言えない、神聖帝国での日々。
「もうダンマリ出来る状況じゃねえだろ」
そんなアレクシアに、蒼真は厳しく言った。
「蒼真よ、そう急かすでない……まあ、言っておることに嘘は無いがの」
割り込んだ燐耀は、蒼真を諌めつつも同意した。
「無論、我らとしても手助けは吝かではない。しかし、こうも何も知らぬ分からぬでは、助けようがないぞ……何やかやと面倒がって後回しにしてしまった、そなた達の怠慢ぶりも大概じゃがの」
と、燐耀が横目で蒼真を睨むと、蒼真はさり気なく視線を明後日に向けた。
言われなくても、状況は誰より理解しているつもりだった。思いだすのが辛い、などと言っている場合でないことも。
「……ワカッタ」
自分一人だけの問題──などと強がって、そのくせ一人でどうにかなるような問題でないことも。
アレクシアは、大きく息を吐きだし、
「あの人ハ、エリッサ……エリザヴェート・シュトロア。シュトロアは、神聖帝国の、とてもエライ家の……イチバン偉いヒトの、コドモで、ワタシと同じ、えっと教室ノ」
「ああ、待て待て」
と、燐耀はアレクシアの言葉を遮り、
『色々と難しい単語もあるだろうからな。神聖帝国語で話そう』
神聖帝国語に切り替えた。ただでさえ、幼児並みに拙いアレクシアの陽出語では、説明は極めて難しいだろう。
アレクシアは、久々に使う、しかし使い慣れた神聖帝国後で語り始めた。
*****
四大賢人──神聖帝国初代皇帝より秘法術を授かり、皇族に次いで強大な法術師とされる大貴族の四家。
その一柱である〝劫炎の華〟──フローブラン家の末子として生まれたアレクシアは、皇室の落胤ではと噂されるほどの内在法力量を秘めていた。
あくまで、内在量だけだった。
膨大な内在法力量の代償とばかりに、それを一度に放出する量があまりにも小さすぎた。例えるなら、大海の水を小さな蛇口一つで、無理矢理捻り出そうとするものだった。
法力量に見合うだけの上位法術が使えない──周囲の大きな期待が、大きな失望へと覆り、侮蔑へ変換されるまではあっという間で、気づけば〝出来損ない〟と呼ばれるようになった。
末子とはいえ、フローブランという名家の血族であることや、内在法力量が桁外れという点も、悪目立ちする形になった。
教師や学友はおろか、親兄弟達にすら罵倒され、見限られ、完全に孤立した。
そして孤立した爪弾き者を、逆に放っておかない輩が出てくる。
その最もたるが、四大賢人が一柱である〝大嵐の咆〟──シュトロア家の長女にして、稀代の天才と称されたエリザヴェータ・シュトロアだった。
もともと自信家であり、〝エリッサ〟という愛称で呼ぶ事を許すなどと高慢な言動ではあったが、アレクシアとはそれなりに仲は良かった。
なのに、アレクシアが〝出来損ない〟と見なされた途端、やはり彼女も手の平を返した──というより、最初からそれを狙っていたのだと、後で気づいた。
アレクシアのフローブラン家と、エリッサのシュトロア家は、四大賢人の中でも〝双璧〟と並び称される程の優れた法術の家系であり、それ故に長年に渡って反目する間であったから。
エリッサは、表向きは優等生を演じていたが、裏ではアレクシアを徹底的に痛めつけ、辱めた。
皆の前で、出来ないと分かっている術をやらせて笑いものにするのは当たり前。稽古と称して、攻撃法術の的にされることもあった。
そんなエリッサの悪意や蛮行は、しかし誰も信じなかった──出来損ないの被害妄想だと、皆が鼻で笑った。
そして──あの事件が起こった。