1:望まぬ再会と、かつての再現
暗闇の中から街灯の光の下に姿を現したのは、輝かんばかりの美しい娘。
異性はおろか、同性も見惚れずにはいられない美しさは、忘れようにも忘れられない。
『相変わらず、出涸らしの出来損ないのようだ。下らない』
特に──嫌悪と侮蔑に満ちた歪な美貌は、記憶そのままだった。
『エリッサ……どうして、貴方が……』
『どうして、だと?』
ようやく絞り出したアレクシアの問いかけに、エリッサと呼ばれた娘は嘲笑で答えた。
『禁忌を犯した愚かな大罪人の処刑に決まっているだろう』
侮蔑はそのまま、嘆かわしいため息が深々と吐き出される。
『そんな当然のことも分からんとはな。頭まで悪くなっていたようだ』
『ふ、ふざけないでよっ!』
禁忌を犯した──その言葉に、アレクシアの頭は一瞬で沸騰した。
『それは、エリッサでしょうっ! 禁庫に入ったのも、禁術を使ったのも、私を実験台にしたのも、貴方の友達を死なせたのも、全部、全』
『黙れ』
『っ!』
いくつもの稲妻が放たれ、アレクシアはそれに弾き飛ばされた。
『出来損ないの分際で、一丁前に喚くな』
『っ、この……っ』
すでにエリッサは次を術のための法力を集めている。アレクシアは、地面を転げながらも、どうにか法力を集め、形成した火球を撃ち出す──その筈が、現実に現れたのは、小指の先もあるかどうかの小さな灯火が、力無く漂うだけだった。
〝火球〟や〝撃ち出された〟などと、お世辞にも言えない無様な術だった。
当の術者であるアレクシアですら、呆れるあまり脱力する程の。
『かの〝劫火のフローブラン家〟に生まれながら、この体たらくとは』
エリッサは、憐れみすらこめて吐き捨て、
『系統が違う私ですら、このくらいは出来るというのに』
術を展開──瞬く間に巨大な火球が現れ、勢いよく撃ち出される。それは、儚い小火などあっさり飲み込んで、アレクシアへと向かい、
『爆ぜろ』
眼前で爆発──その衝撃が、再びアレクシアを弾き飛ばした。今度は頭を打ってしまったためか、すぐには置き上がれなかった。
『そもそも、だ』
『がっ?』
倒れたアレクシアを、エリッサは蹴り飛ばす。
『貴様如きが気安く〝エリッサ〟と呼ぶなっ!』
何度も、何度も。
『貴様のような、出来損ないが、おぞましいっ!』
最後にアレクシアの頭を踏みつけて地面にめり込ませると、エリッサは大きく息を吐き出し、
『たった二週間では、変わるべくもないとは思っていたが……いや、察しが悪くなったことも含めれば、より酷くなってしまったか。まあ、こんな汚物の掃き溜めに浸かっていては、それも無理ないか。愚行の前例という意味では、役に立ったと認めてやろう』
『……っ、……』
アレクシアは言い返そうとするが、激痛に加え顔を押し付けられているため、呻き声にしかならなかった。
一方のエリッサは、好き放題に言って満足したのか、清々しい顔で懐から短剣を取り出し、
『出来損ないとして生まれて来たことを、神と全ての人々に詫びて──っ?』
エリッサの罵声が不意に途切れ、甲高い音を立てて短剣が零れ落ちた。
*****
たじろいだエリッサの足が離れたため、アレクシアはようやく顔を上げる。
『……何だ、貴様は?』
最初に目についたのは、不快に顔を歪めるエリッサ。その視線の先には、面倒そうな顔で、拾った小石を手の内で回す蒼真がいた。
『いや、そもそもどうやって入ってきた? 法力を持たない野蛮人に破れるような結界では』
「何言ってるか分かんねえが、とりあえずすっこんでろ」
と、気の無い返事を口にしつつ、蒼真は小石を次々に弾き飛ばした。
『っ!』
握っていた小石を指で弾いただけと思いきや、鋭い音を立てて矢のようにエリッサに飛来する。ただの一つも狙いを違わずに。
それよりも先に、エリッサが飛び退いたために空を切ってしまうが、結果としてアレクシアから大きく離れることになった。
その隙に、駆け寄った蒼真は、倒れたアレクシアを見るなり、さもおかしそうに吹き出し、
「こんなとこで寝てんなや。お袋が見たら、お行儀悪いって怒られるぞ」
「蒼真、ダメ。あの人、トテモ強い。逃ゲテっ!」
「へいへ~いっと」
警告を聞き流しながら、軽々とアレクシアを肩に担いで、さっさと歩きだした。
エリッサの事など、気にも留めず──というか、まるでそこにいないかのように。
『貴様っ』
当然ながら、そんな態度は火に油。エリッサの放った稲妻が、蒼真の鼻先を掠めて足元に落ちた。それでようやく、蒼真の足は止まる──仕方なし、と言いたげに。
『今すぐその娘を置いて立ち去りなさい、下民』
少々引き攣ってはいるが、慈しみを含んだ笑みでエリッサは言った。初心な少年はもちろん、初心な少女も簡単に騙されるだろう。実際、アレクシアも何度も引っかかった。
『さすれば、その無礼を許してやらなくも』
『……ワタシ~ワッカリマセ~ン』
と、語彙も発音も酷く拙い神聖帝国語で、蒼真はエリッサの言葉を遮った。
『ダッテ~……エット~、野蛮人~、ワタシ~? デシュカラ~?』
そのくせ、〝野蛮人〟の部分だけは、やたら流暢な発音であった。拙い言い草も、見るからにわざとらしいから、完全におちょくっていた。傍で聞いてるだけでも苛つかされるのだから、向けられた当の本人など、
『下劣が……』
慈しみは完全に消え、怒気に満ち満ちていた。
『よほど死にたいようだなっ!』
怒気はあっという間に殺意に変換され、それに法力が呼応する。
膨大な法力が瞬時に集まり、あっという間に術が展開される──それこそ瞬く間に、いくつもの稲妻が形成されていく。
術の規模や強弱だけでなく、どれだけ早く展開できるかも、法術を扱う上で重要な要素である。その意味でも、エリッサの才覚は抜きん出ていた。
しかし──アレクシアが愕然となったのは、その類稀な技能ではなく、
『その不遜、後悔するが──何っ?』
強固なはずの結界を外側から強引に引き裂きながら飛び込んできた、その存在だった。